チョイス

shinji-san.gif 終 (つい) の住処 (すみか) は米国か日本か。悩める老後のチョイス。私はこのコラムで「和テイスト」を賛美してきたこともあり、日本に戻りたい一人と思われているが、実はそうでもない。確かに、当地で檜 (ひのき) 風呂が欲しいと思ったことがある。赤みを帯びて暖かみを添える西日本の檜を素材に、上品な薫りと、心地よい木肌の感触で和の風情がよみがえり、異国にいながら日本情緒を楽しめるのでは ―― と。でも、それは海外生活者が誤解する陶酔感。“常秋” (とこあき) のサンディエゴで立派な風呂を造っても、日本の四季折々の情趣はどこにもなく、湯冷めしないまでも興醒めするだろう。日本に帰国しても、実生活に身を投じれば、その感性は摩滅し、異質さも日常に紛れてしまう。右か左かのチョイスでなく、むしろ「硲」(はざま) =異なる世界の谷間= に生きることで感覚が研ぎ澄まされる。自分は子供の頃から、橋の上、駅のプラットホーム、トンネルの中で幸福感を覚えていた。そこは未知へ繋がる “踊り場” であり、安息と興奮が交錯する特別な場所だ。完全なアメリカ人になれないまでも、米市民権を得て、日本と米国の間に棲息する “両生類” として生きていけば、日本美への感受性が失われない確信がある。米国に永住し、生国の日本に骨を埋めて永眠する ―― それが私のチョイス。 (SS)
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sato-san.gif ▽「迷っているくらいだったら、苦しい方に行っとけ」。中学生時代、部活を辞めたいと相談したとき、陸上部の顧問がアドバイスしてくれた。思春期で体が変わり始めて練習がやけにキツく、体育会系特有の上下関係にも疲れていたし、とにかく、競技大会のスタートラインに立つプレッシャーから逃れたかった。でも、苦学して国語の先生になったという顧問の説得力のある一言に圧倒されて、苦しい方を選んだ。不思議なもので、続ける覚悟ができたら、大変とか苦しいという感情が薄れていった。追い込まれれば追い込まれるほど、頑張ることができた。陸上部の仲間とは今でも「地獄の特訓」をネタに大笑いをしている。▽人生は選択の連続だ。あらゆるチョイスをしてきた結果が今となっている。「どういった基準で何を選択するか」= 「人生の質」とも言える。自分は「迷ったら、ワクワクする方を、苦しい方を選ぶ」という、とても楽な選択基準も持っている。銀行を辞めて大学に入った時も、教師を辞めて留学した時も、『ゆうゆう』や『ポケットサンディエゴ』を発行したときも、難しい方、困難な方、ワクワクする方を選んだ。困難な道は骨が折れるし、時間もかかる。でも、時計の針が進むにしたがって、困難だった道が容易になったりする。 人生を鮮やかに彩ってくれたりもする。 (NS)
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sheau-ching-san.gif  鶏肉は皮と脂身なしのじゃないと食べられない。胸肉ばかりになっちゃう。牛肉は焼肉スタイルじゃないと食べられない。ステーキやバーガーはとても苦手。豚肉は薄切りしゃぶしゃぶやベーコン (超カリカリ) だったら食べる。ターキーは white meat の部分だけ食べる、それもグレイビーをかけないとドライ過ぎて、喉に詰まってしまう。私はシーフード派で、肉に関しては上記のチョイスのみ! 大好物のチョコレートは、ダークチョコ以外のチョイスは私にはない! ダークチョコなら、どんなスタイルでも好き (日本の代表的な抹茶の味付けだけは頂けません。。。) そして、もう一つの大好物はタマゴ!! 世の中で一つしか食べ物がチョイスできないとしたら、私の答えは「タマゴ」で〜す! 目玉焼き、玉子焼き、温泉たまご、茶碗蒸しはもちろん、単純なゆで卵だけでも全然問題なく美味しい! ああ〜お腹が空いてきた (笑)。あれ? なぜか食べ物の話ばかりになった。。。ノーチョイスで〜す (笑)。 (S.C.C.N.)
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yoko 私はあまり悩まずに、あっさりと物事を決めてしまう方だ。選択を悩んだ憶えがほとんどない。まずは留学先。米国カリフォルニア州であれば、どの都市でもいいと思っていたので、JTBの留学サポートの人に、行ったことはないけれど「サンディエゴがいいらしい」と勧められて、あっさりそこに決めた。英語学校の後の大学進学も、アート系であればどこでも … ということで、これも先生がイエローページで見つけてきたアートカレッジにあっさり決めた。就職は『ゆうゆう』の求人広告欄で見つけた (電話面接まで職場が『ゆうゆう』だと気付いていなかった)。8年前にコンドミニアムを購入したときも、数件見ただけで、希望のエリアと値段が合ったところにあっさり決めた。こんなに何でも安易に決めて良かったのだろうかと、今更ながら思うけど、サンディエゴに留学していなければ、今ここにいないだろうし、アートカレッジに行っていなければ、グラフィックデザイナーになっていなかっただろうし、そのコンドに住んでいなければ夫とも出会っていないので、子供たちも生まれていなかった。私のチョイスはこれで良かったと思う。 (YA)
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reiko-san

日本帰省の際の楽しみはいろいろあるが、その中でも日々の食材選びが楽しい。▽私は、たまごかけご飯が大好きなのだが、サルモネラ菌がこわくて、アメリカにいるとそう滅多に卵を生で食べることができない。日本に帰ってスーパーに行くと、まず卵売り場に直行。個性的なパッケージに入った卵の数々。初めてたまごかけご飯専用の卵なんてものを見つけたときは感激した。パッケージに書かれた生産者の言葉や飼育方法などの説明文をじっくり読みながら、卵を選ぶのが楽しい。実家での食卓。いろいろなごちそうが並ぶ中、買って来た “究極の卵” でたまごかけご飯を堪能する私。日本の家族は半分呆れているはず。▽牛乳と豆乳を選ぶのも楽しい。日本のそれらってアメリカのと味が違う。そしてパッケージがどれも個性的。いつも見慣れていないから余計そう思うのかもしれないが、ネーミングやら説明文がいちいちおもしろい。▽そして日本のパン屋さんも絶対に外せない。棚に並ぶパンはどれもこれも美味しそうで、選ぶのが大変すぎる。そしていつも買いすぎてしまう。いつもは野菜魚類中心の健康的な生活をしている父も、私たちが帰省すると、パンに卵にと高カロリーなものを大量に家に持ち込まれて巻き添えを食っている。 (RN)

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suzuko-san HITACHIの洗濯機のコマーシャルの中で、嵐の二宮和也が、選択を洗濯にかけて「人生は洗濯の連続である」というフレーズを使っているが、まさにその通り! あの時、違う選択をしていたら・・・と思うことが、時々ある。私は高校の時、ミュージカルに憧れてジャズダンスを習いたかった。しかし、当時所属していた水泳部の練習に忙しくて、ダンスを習いに行く暇がなかった。ダンスか水泳かの選択で、水泳を選んだのだ。東京の大学に行きたいと、滑り止めも含めて6校を受験。幸い、受けた大学全てに受かったが、さあ、どの大学にお金を払うかの選択に迫られた。あの時、他の大学 (教育学部英語英文科) に行っていたとしたら・・・私の英語も、もう少し、いや、かなり “まし” なものになっていただろう。当時、その意識がなかったのが悔やまれる。社会に出てから、ソニー・ミュージックでアルバイト。そのまま、その会社で働くこともできたが、知り合いに出版社を紹介されて、そちらに就職。あのまま、ソニーにいたら、私の人生は、全く異なったモノになっていただろう・・・と思いを巡らせながらも、私は、サンディエゴに来ることを選択して、現在、この地で元気に暮らせていることを鑑みるにつけ「私のチョイスは正しかった!」。ホントかな? (Belle)
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jinnno-san 人生は選択次第でいろいろな方向に枝分かれするし、世の中にはいろいろな人が存在してて、面白いよね。ロサンゼルスにいる音楽隊の友達のプライベート・パーティーでの演奏を観に行った。誕生日会だったのだけど、同時に “ベーコンを使った料理お披露目会” でもあった。ベーコンのホットドック、サラダ、バーガー、カップケーキにアイスクリームまであった! (きXい!) そこで、人間ウォッチングを自然にしてしまう私が気づいてしまった、参加者の大人から子供までの共通点とは・・・。ぜーんいん、ほんとーーにだよ! 冗談抜きで、、オーバーウェイト! (でぶだったぁー!) 皆が料理を持って帰れるように to go box まで用意されていた (笑)。その後、友達が街の有志たちで構成されるサッカーゲームに参加するとのことで、公園まで付いて行った。芝生の上で22人が草サッカー。めっちゃ汗流していた。そこでの共通点は・・・皆さん体が締まってたー (笑)。同じ1日で (ちょっと?) 違う人間のグループに遭遇した私は、こりゃ、ビールばっかり飲んでる場合じゃねえ!と、ダイエットには焼酎がいいのかなーとか、悩みながら選択をするのであった (笑)。 (那月と彩雲と満星が姪)
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最近、老後のことをよく考えるようになった。考えてみれば、そう遠くない将来のことである。できれば、年を取ったら日本で過ごしたい気がするが、夫や子供たちの将来のことを考えると、なかなか難しい選択である。私の子供たちは、今のところ日本国籍と米国籍の2つを持っているが、22歳までにはどちらかの国籍を選択しなければならないらしい。アメリカは二重国籍を認めているが、日本は認められていないとのこと。そして夫には悪いが、私はできれば子供たちには日本国籍を取って日本人と結婚してほしいと、こっそり思っている。もちろん、夫には感謝しているし幸せでない訳ではないが、この国に何の基盤もない私達の生活は楽とは言えず、不安の方が多く感じるからだ。だから、将来的には家族がたくさんいる日本で暮らしたいと思うのだが、今のところ決められずにいる。夫は自分の母国での生活に未練はないから、日本かアメリカ、どちらで暮らしても自分には変わりないと言っているが、日本へ行けば夫とともに私も職を見つけて収入を得なければ生活が苦しくなるだろう。しかし、年齢的にも職を探すのは難しいのが現実だ。自分の理想とする将来と、今向き合っている現実の中で、未来のために最高の選択をするのは本当に難しいと思う。 (SU)


(2017年6月16日号に掲載)