Friday, 19 April 2024

友達

 

私は少年期から現在に至るまで、言動に派手さもなく、隠忍自重 (いんにんじちょう) という印象を周囲に与えてきたが、実は、強烈な自己顕示欲を隠し持っていた。渡米して間もなく、ボールルームダンス競技会に熱中し、ウルトラマンのようなスパンコール付きコスチュームに身を包み、平気で人前で踊る自分に驚いた。日本にいた20代の頃、友達から結婚式の司会を頼まれた。私の “表向き” の性格なら断るところを二つ返事で引き受ける。心の中で燃えるものがあった。司会進行の台本を綿密に作り上げ、一言一句を暗記して完璧を目指したが、本番で噛みまくってしどろもどろ。列席者の一人から「滑舌が良くなるよ」と酒を差し出される始末。捨て身の作戦に出た私は、台本と羞恥心をかなぐり捨て、アドリブで勝負をかけた。余興では 「素人のど自慢」の司会者のごとく、花束贈呈のクライマックスでは絶叫マシンよろしく、会場全体の感情を盛り上げることに成功し、拍手の嵐に包まれた。人は窮地に追い込まれると、奥に隠された大変身へのスイッチを押すらしい。友達のために一肌脱ごうとしたのは勿論だけど、どうしても「司会の下手なあいつ」という汚名だけは受けたくなかった。翌日には、私は友達の誰もが知っている、口数の少ない、内向的な人間に戻っていた。(SS)
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▽モノの本によると、友だちは、大きく8つのタイプに分けられるそうだ。アドバイスをくれるビルダー、めっちゃほめてくれるチャンピオン、趣味が一緒のコラボレイター、どんな時も友だちでいてくれるコンパニオン、人を紹介してくれるコネクター、楽しくてエネルギーをくれるエナジャイザー、奇抜な意見でひらめきを与えてくれるマインドオープナー、困った時に道を示してくれるメンター。いろんな友の顔が浮かんでくるが、ひとりで何役も兼ね備えている人もいるとのこと。ちなみに、親友であるコンパニオンがいると、一番幸福度が高く、人生大成功とのことだ。▽その親友という存在は、自分がなるのも、相手に求めるのも、難しい。実際、そんな理想の友だちを追い求めると、幸せが遠のいてしまうらしい。「部分的には好きだけれど、好きになれない部分もある…」というくらいがちょうどよいとのことだ。「もっといい友だちが見つかるはずだ」ではなく「友だちともっと楽しい時間を過ごすには」という発想が、お互いの幸福度をグッと上げてくれるらしい。年を取るほど友人の存在は不可欠なものになるが、「いいところもあるけれど…」の精神で友だちの輪を維持していきたい。(NS)
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ケンちゃんと出会ったのは、今から約30年前。当時、友人のYさんとよく新宿のディスコ (死語?) へ通っていた。派手な格好の私たちはそこの黒服 (これも死語?) に気に入られていて、いつもVIP室に案内されていた。そこでは、無料で食べ放題、飲み放題、歌い放題+お立ち台で踊っていた。貧乏な私たちにとっては仕事後の最高の楽しみ! ある夜、いつものようにそこに行き、フロアで踊っていたケンちゃんと彼の友人に会った。VIP室に入れない彼らとは特に会話できなかったが、店が閉まる時にロッカーで話した。私が 「ノリがいいですね」 と言ったら、ケンちゃんが自分の名刺を差し出し、私たちに「今度一緒に踊ろう、電話して!」と。あれから、いつも楽しく一緒に踊って、食べたり飲みに行ったり、遊んでいた。お互い独身から、恋人ができ、そして結婚へと、何でも話せる大親友になった。夫もケンちゃんの奥さんもみんな仲良し! 夫と東京へ行くと、必ずケンちゃんの家に泊まる。ケンちゃんと奥さんがサンディエゴに来たら、必ず我が家に泊まる。こんな友達を持っている私たちは幸せ! そして、あのディスコの夜に感謝! (S.C.C.N.)
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yoko
『物怖 (ものお) じしない、大きな声でハキハキしゃべる、誰とでもすぐに打ち解ける、自分の意見をはっきり言う、友達がいっぱいいそう、グループの中心にいそう』 ← これらは小学1年生の娘。びっくりするぐらい子供の頃の私とは違う。人見知りが激しく、怖がりで神経質な子供だった私は、毎朝、幼稚園の前で「行きたくない」と泣いて母を困らせ、クラスルームでは全くしゃべれない子だった。小学校での私はおどおどした内気な子で、グループに入っていけない子供だった。友達はクラスに1人か2人。大人しい子と付き合うか、ひとりで過ごした。中学校も同じ感じで地味〜に過ごしたが、高校生になって少し変わった。不器用で人付き合いが苦手だったので、いつも人当たりよく過ごすように心がけた。すると、自然に友達ができ、友達が友達を呼んで仲良しグループができ、皆で一緒に過ごすようになった。高校からの友人たちとはそのまま短期大学でも仲良くし、今でも時々、連絡を取り合っている。SNSは便利だ。そして、里帰りすると会える友達がいるのは嬉しい。 (YA)
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reiko-san
小学5年生のとき、私の通う学校に転校してきた女の子。最初の出会いが強烈だった。学校のない日、友達数人と野原で遊んでいたら、男子数人を引き連れて先頭を走る、知らない子に出会った。髪も短く、短パンにシャツ姿で、最初は男の子だと思った。でも、話してみたら女の子だった。そして、数日後、その子が転校生として私のクラスに入ってきた。勝ち気で、思ったことは包み隠さず口に出し、男子ともつかみ合いのケンカはするし、嫌いな先生には反抗心むき出しにするような子だった。引っ込み思案で物静かだった私とはどう考えても合わないタイプ、のはずだったけれど、なぜかウマが合い、いつの間にか友達になっていた。同じ中学校に進み、2人でバレーボール部に入部し、お互い補欠部員で一緒に頑張った。その後、別々の高校、大学に進み、めったに会うことはなくなった。でも、今でも日本帰省の際には、会って一緒にご飯を食べたり、鍼治療してもらったり (その子は鍼灸師)、面白い場所に連れて行ってもらったりしている。コンピュータと相性が悪いからと、インターネットを使わない彼女とのやり取りは手書きの手紙。彼女から届く便箋何枚にもわたる手紙が届くと、嬉しい気持ちになる。 (RN)
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suzuko-san
遊び友達、飲み友達、幼友達・・・といろいろあるが、友達とは一体何ぞや? 辞書には「一緒に何かをしたりして、親しく付き合っている人」とある。しかし、何度一緒に何かをしても、どれだけ時間を共有しても、決して友達になれない人もいる。そこには、共通の趣味だったり、考え方、価値観が似ていたり、同じモノを見たり聴いたりして、それらに対する感覚がほぼ同じだったりと、友達として付き合うには、かなりの条件をクリアしないといけない。そうやって友達になっても、時を重ねていくうちに「あれ?違うな」ということに度々出くわすようなことが起こると、残念ながら、別れという結末を迎える人もいる。確かに、自分と価値観や考え方がすべて同じ人などいる訳もないから、ある程度は妥協が必要。でないと、友達が誰もいなくなる。こんなことを考えている時、ある詩が頭に浮かんだ。小学3年の国語の教科書に載っている金子みすず作の『わたしと小鳥と鈴と』。私にできて小鳥ができないもの、小鳥ができてすずめにできないもの、などを綴り、最後に私の一番好きなフレーズ 「みんなちがって、みんないい」。た、し、か、に! みんな、違う。その違いを認めて、その上で友達付き合いをしろ、という教訓が込められているのではないか、この詩には。って思ったりする。(Belle)
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jinnno-san
ソーシャルメディアで “フレンド” たくさんいる方、うらやましい〜 (笑)。ソーシャルメディアしてないので (いまどきしてない? 笑)、フレンドは ゼロ (笑)! それに自粛で出会う場所がなさすぎる。以前は、野球場で後ろに座ってる人と電話番号交換したり (するの? 笑)、居酒屋の隣の人と酔っ払って電話番号交換したり (また? 笑)、バーで話していて電話番号交換したり (この人 Washington DC 在住 笑)、リトル東京のカラオケ屋で、酔っ払ってて半分覚えてないけど、次の日、携帯に新しい番号があったり(毎回交換? 笑)、あとで誰だっけ?というのが多かった (笑)。お正月を機会に「あのー、会ったのは覚えてますが、お名前なんでしたっけ」と整理した (笑)。しかも相手は100%男児! ちゃんとその方々とはホリデーの挨拶を交わしたり、今でも連絡してる。なんで全てオトコか、、オンナの人は、怖い (笑)。なんか、わたしがふざけすぎて怒られそうで・・ (笑)。オトコは話しやすいし、気さくに接してくれるでしょ (向こうはそうは思ってないかもな 笑)。そもそもリアル世界の友達も男児が大半。これって過去世と関係あり?と思ったのは理由じゃないけど、興味深々で退行催眠を受けてみた、ら、、そこにいたわたしの本性は、、、オトコだったー! 笑! (やっぱりな 笑)。 (りさ子と彩雲と那月と満星が姪)
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私は友達が少ない。引っ越しを繰り返したせいもあるが、ちょっと親しくなっても、場所が変わると連絡を取らなくなってしまうのだ。母親になって子どもの学校で知り合った、いわゆる “ママ友” もできたが、お互い引っ越したり日本へ帰国したりで、あまり連絡を取らなくなってしまった。私もこまめに連絡を取るタイプではないので、それもあってか、だんだんと疎遠になってしまうのだ。ニューヨークで会社に勤務していた頃の元同僚は、何かしら今でもこまめに連絡をくれるのだが、それには本当に感心する。お互いにその会社を離れてからもう15年経つというのに、日本に帰国した今も連絡をくれるのだ。私の誕生日には必ずテキストも送ってくれる。そんな彼女は友達がすごく多く、思い立ったらすぐに行動するような活発な人だ。そのくらい、パワフルでマメじゃないと、友達って増やせないのではないだろうか? しかし今、私にはそのパワーはどこにもない。もし一人暮らしだったら一日中家の外に出ることもなく、誰とも話さなくても平気かも。これはマズい。誰か上手な友達の作り方を教えてほしい。この年になって今更だけど…。 (SU)

(2021年3月16日号に掲載)