▽一時帰国する時は、老齢の母を湯治に連れていく。10年ほど前、新潟県内の老舗温泉宿に投宿した。古代ヒノキの内風呂、茶室風味あふれる床の間など、随所に豊かな日本情緒が感じられ、迷うことなくネットで予約を入れた。母も私も初めて訪れた宿。旅館の歴史を紹介する展示場があり、 陳列品の一つ、麒麟 (キリン) を模した中国の純銀製香炉 (煙を焚く仏具) の説明を読んで腰を抜かすほど驚いた。寄贈者は私の祖父! 日付は昭和28年11月。まだ母は嫁いでいないし、私も生まれていない。祖父からは何も聞かされていない。盆栽と骨董品蒐集が趣味だった祖父。宿帳を調べてくれた3代目の若女将から手紙が届き、当時、祖父母は先々代の宿主とは昵懇 (じっこん) で、定宿にしていたようだ。▽18歳頃から3年間ほど、年に一度だけ、11月30日に激しい 「金縛り」 に悩まされた。谷底に突き落とされた衝撃で目が覚める。身動きが取れず、爪先から感覚がマヒして首の皮1枚だけ繋がっているような、今にも幽体離脱しそうな恐怖に襲われたばかりか、ぼんやりと赤味を帯びた人間の顔 (らしきもの) も見えた。なぜ11月30日なのか。過去帳を見て、11月30日と7月31日に一族の命日が集中している事実を知り、身震いした。墓参を心がけた翌年から金縛りは消えた。・・・奇跡か、偶然か、因縁か?(SS)