▽20年ほど前、私は東京・砂防会館で、国政選挙に出馬した南米在住の日系人候補者を取材していた。困ったことに、インタビューの途中で、目の前にいる人物の名前をド忘れしてしまった。慌てて「お名前をもう一度、お伺いしたいのですが」と尋ねると、相手は一瞬「あれ?」という表情をしたが、すぐに「◯◯△△です」と返してきた。私は冷静さを装って「あ、存じています。漢字の表記を教えて頂けますか?」と、意図的な “変化球” を投じて窮地から抜け出した。確かこれは、田中角栄元首相が番記者の名前を忘れた時に使う、お得意の隠し技だった。▽幼少の頃、強烈な衝撃を受けた短編マンガは『鉄腕アトム』より先に発表された手塚治虫氏の近未来SFで、地球滅亡の恐怖を描いた作品だった。核戦争の危機が迫る中、宇宙で発生した暗黒ガスが地球を覆い尽くし、全生物が窒息死する運命に晒される。地球脱出船に乗ろうと醜い争いを始める若者、オセロに興じながら最期の日を静かに迎える老人、隕石の嵐の中で激しくピアノを弾き続ける音楽家・・。最も印象的だったのは「地球上に戦争はなくなった! 平和の到来だ!」と叫ぶ2人の為政者。実際に地球は滅びた? もう一度読みたいけれど、半世紀以上も昔の記憶が消えて、探し当てる術 (すべ) もなし。現代にも通じる、この秀作漫画の題名を忘れてしまった。(SS)