20代初めの頃、新古今和歌集が愛読書という◯◯さんとの初デートを1週間後に控え、私は焦っていた。センスの良い男を印象づけたいと、入念なデートプランを練りに練って当日に備えた。映画、観劇、音楽会の中から「N響コンサート」を選んだものの、夕食場所が決まらない。日記を読むと、グルメとは縁遠い自分が背伸びしていたのが窺える。当時の人気レストランから候補を3店に絞った。シビエのグラーシュが一押しのドイツ料理G店 (渋谷)、フルコースが評判のフランス料理L店 (新宿)、フォアグラのポッコンチーニが絶品のイタリア料理K店 (六本木)。事前に各店を巡り、実際に注文して最高の料理を厳ぶという涙ぐましい努力も…。待ち合わせ当日。大過なく初デートを終えて帰宅した私は、拘束から解放された人質のように疲れ果てていた。その後、会うたびに異様な疲れ方をする自分に気づき、付き合いは自然消滅。そして10年後、私は◯◯さんとは似ても似つかぬ元気な△△と結婚する。かたや文学的な正統派美人。こなた「NHKのど自慢」で抱腹絶倒している超庶民派。笑うために生まれてきた女。待ち合わせにプレッシャーなど微塵もなく、2人で寄席やB級グルメの大衆料理を楽しんだ。エエカッコシーでは「幸せ指数」を高められない。地味でも心の底から笑える人生が良いのだ…。(SS)