30年ほど昔、初めて国境を越えて、ティフアナの中心街を目指していた私は、田舎道に迷い込んでしまった。戻るべき道を探しても、見当がつかない。地面から針金が突き出ている未舗装の悪路を行く私の車は、二度のパンクに見舞われる。修理工場を探すにも周囲には古い民家が数軒あるだけ。ロードサイドサービスを要請するにも現在位置が分からない。途方に暮れていたら遠方からタクシーが近づいてきた。“地獄に仏” とばかりに乗車したが、これがメキシコ名物「相乗りTAXI」初体験の巻! 最初に母娘2人が後部座席の私の横に座る。次に、ソンブレロとチャロの衣装に身を包んだマリアッチ楽団の男たち3人が乗り込む。運転手を含めて総勢7人が1台の小型車に!! トランクに収まらないギターに挟まれて身動きが取れない。やがて、男たちが大ゲンカを始めたからたまらない。1人が何かを探し始める。ギターケースにマシンガンが隠されていたメキシコ映画を思い出して、不安になる。今度は、子連れのオバさんが私にスペイン語でまくし立てる。「あんた! $1だけ払いなよ。ボラれるんじゃないよ!」と言っている様子。ギターの間から必死にうなずく私が滑稽 (こっけい) なのか、女の子が大笑いしている。中心街へ戻り、乗り捨てた車の所在地も探り当て、ようやく “魔界” から解放された。 (SS)