「締切」という重い枷 (カセ) を負わされた出版業務を38年続けた。時間に「追われる」日常が加速して、たちまち時間に「追い抜かれ」、いつしか時間を「追いかける」 ようになった。平日と休日の境界線がなくなり、本能的に時間の効率化を図る因果な日々。始終、何かにムチ打たれ、何かに駆られている焦燥感がある。▽生来、短気でせっかちなので、とびきり評判の良い料理店で食事をしようとしても、お客さんの長い列を目撃すると意欲がなくなり、近くの空いている店に飛び込んでしまう。コンビニのキャッシャーに美人の店員さんがいると、男はそのラインを目掛けて並ぶらしいが、私は美人だろうが不美人だろうが、男だろうが女だろうが、若かろうが老けていようが、地球人だろうが火星人だろうが、ガラ空きのキャッシャーに直行する。時短最優先。▽還暦を過ぎて早起きになった。1日の始まりは、明け方に前庭に出て、仁王立ちで朝刊を待つこと。配達時刻が10分以上遅れて、待ちぼうけを食わされると不愉快になるが、腕組みをしながら、朝靄 (あさもや) の薄明かりの中でひたすら待ち続ける。「弁慶か? 薄気味悪い」と妻。▽一度決めたことは変えたくない性分。その傾向に拍車が掛かり、加齢とともに「頑固ジジイ」路線をまっしぐらに突き進みそうなので、改善しなければならない。時間がかかりそうだ。(SS) |
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▽年を重ねるごとに1年が短く感じるのは、多くの人が経験することだ。小学生のころは一年が終わりのないほど長く感じたのに、今ではあっという間に年末が近づいていると感じる。子供のころは毎日が新しい発見や楽しい出来事でいっぱいで、そのたびに「新しい!」と感じ、脳がたくさん働くため、時間がゆっくり流れているように思えるのだそうだ。▽友人や親戚の子供たちがどんどん成長していく姿を見ると、彼らが未来に向かって「足し算」のように時間を生きているのに対し、大人は過去が増えていく「引き算」の時間を生きていると強く感じる。もし私に子どもがいれば、子育てを通して、もう一度この「足し算」の時間を体感できたかもしれない。▽猫を動物病院に連れて行ったとき、「ペットと人の年齢早見表」を見て、猫が一年で人間の二十歳に相当する成長を遂げ、その後は一年ごとに人間でいうプラス四歳ずつ加算されることを知った。人や動物によって時間の流れ方や感じ方は異なるが、みんなそれぞれの時間を感じながら、同じ場所で一緒に生きていることで、つながっているように思う。▽毎日にちょっとずつ新しいことを取り入れると、1日1日が特別に感じられ、時間がゆっくり流れているように感じられるそうだ。通る道を変えたり、新しい料理に挑戦したり、旅行に行ったり、テニスやゴルフも再開してみたいと思う。(NS)
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家族で過ごす時間、友人と過ごす時間、自分ひとりで過ごす時間、どれも私にとって大切な時間だ。先日、夕食後に美味しいスナックを求めて、夫と娘と私の3人で車に乗って少し離れたマーケットへ夜の買い物に出かけた。道中、娘が学校での出来事や友達とのあれこれを話してくれるの聞いたり、日々のたわいのないことを喋り合いながら過ごす時間が心地よかった。高校3年生の娘は、最近友達と過ごす時間が多くなってきた。自分で車を運転するようになったら、家族揃ってこんなふうに一緒に行動する時間がもっと減るのだろうなと思ったら、なんだか寂しくなった。お互い虫の居所が悪くて、険悪な雰囲気になると、こういう感傷的な気持ちはどこかに吹き飛んでしまうのだけれど(笑)▽若い頃の私はよく一人で買い物に行ったり、映画を観に行ったり、ご飯を食べに行ったりしていたなと思う。友達と一緒に出かけるのももちろん楽しかったけれど、自由気ままに自分の好きなことを自分のペースでする時間が定期的に必要だったのだと思う。夫も好きなことは一人でやるものが多い。チームスポーツが苦手なのも私に似ている。一緒に過ごす時間はもちろん、ひとり時間をちゃんと楽しめるって大切だなと思う。(RN)
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世の中には時間が守れない人、人種がいるようだ。約束に10分、20分遅れてきても悪びれる様子もなく、謝りもしない。かつて友達だと思っていた人も、必ず遅れる人だった。あまりに約束の時間にいい加減な態度に呆れ果て、「〇〇さん、普段から5分くらい前に着くように家を出ない?」と、やんわりと言ったところ、「出られるワケがないでしょ!」と逆切れされたことがあった。珍しい日本人だ。時間はそこにあるものではなく“作る”もの。作ろうとしなければ、ただ悪戯に過ぎていくだけ。日本人は一般的に時間を守る国民だ。列車の発着時間でも、わずか2、3分の遅延にアナウンスが流れる。こんな国は世界中探してもそうはない、と思う。一方、ラテン系の民族は特に時間にルーズな人が多い。パーティーに平気で遅れてくるのは序の口。自分のウェディングに1時間も遅刻したメキシコ人カップルもいた。かつてのイタリア大使が書いた本に、イタリアのある都市の道路沿いに4つの時計が掲げられていたが、そのどれもが示す時刻が異なっていた、と。そんな時間の差など全く気にならない国民性なのだ。しかし、こんなに時間にいい加減な国でも、公共交通機関の出発時間は「お見事!」と、声を大にして称賛したいほど定刻に出発する。お国が違えば、我々には普通のことをしただけで誉められる。日本の常識は世界の非常識 !? (Belle)
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楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。例えば、先週の日本への帰省もそうだ。二週間があっという間に過ぎて、まるで三日間のように感じられた(これって年取ったってこと?笑)。実家に帰る前にあちこち観光して回り、奥州平泉を初めて訪れたときには、まるで時が平安時代に戻ったかのようだった。金色堂は今年建立900年。きゅーひゃくねん?どんだけ時間経ってんの?しかし岩手県民は口数が少ないからか(笑)もっとこの世界遺産のことをエバれば良いのに、京都にもひけをとらないこの街のことを多くのニッポン人が知らないと思う。名古屋の実家に帰って知ったことだが、父も同じ時期に中尊寺にいたらしいのだ(偶然すぎて笑ってしまった)。米国に帰ってすぐロサンゼルスで開催されたアニメOver the Garden Wallの10周年記念コンサートに行った。友人がサイン会を開いているのを見てびっくり。10年前には想像もできなかった光景だ。舞台には有名俳優も登場し、あいさつをしたが、家に帰って検索して初めて、あの小柄な人物が『ロード・オブ・ザ・リング』のフロドだったことに気づいた。時間は誰にも止められない、スターでさえもね(自分も!笑) (りさ子と彩雲と那月と満星が姪)
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朝の時間は1時間があっという間に過ぎる。家族で一番早く起きるのは自分。自分の身支度をしてから子供たちのランチを作りと朝食の用意をする。時間を見ながら子供たちが起きたかどうか確認するため電話をかるが、電話に出ない時は2階に行って無理やり起こす。また1階のキッチンへ戻り朝食の支度を続ける。その後、キッチンに戻り朝食を仕上げ、子供たちが食べ終えたら学校に送り届ける。30分ほどすると、夫が起きてきて仕事の準備をして出かけるので、コーヒーを作って送り出す。30分ほどすると夫が起きてきて、仕事の準備をするので、コーヒーを入れて見送る。ここでようやくひと息。自分のためにコーヒーを入れ、適当に朝食を済ませ、ニュースをチェックする。その後は仕事と家事に取りかかり、気づけば子供の迎えの時間だ。毎日がこんな調子で、案外無駄にしている時間もあると感じる。子供の迎えから夕食の準備までの間は、体力が切れるため1時間ほど昼寝をするようになった。最近はジムにも行けず、会費がもったいないと思いつつ、どうしても行く元気がない。朝の時間もあっという間だが、1年もあっという間なのだ。年を取るのも早い!もっと時間を大切に使わねば。(S.U) |
(2024年11月16日号に掲載)