2024年6月25日
月の裏側で試料 (サンプル) を初めて採取した中国の無人探査機「嫦娥 (じょうが) 6号」が地球に帰還した。
月の起源や太陽系初期の歴史といった謎解きが進むことに期待が高まる。
宇宙分野の開発に自信を深める中国は、世界各国が狙う水などの月面資源探査でも優位性を確保する構え。
一方、トップランナーを自任する米国は警戒感を募らせており、両国の激しいつばぜり合いが予想される。
▽月の記憶
「人類の月探査に新たな章を開いた」。
中国外務省の毛寧 (もう・ねい) 副報道局長は6月25日、「嫦娥6号」の任務成功後の記者会見で胸を張った。
「(各国の) 国際パートナーと手を携え、宇宙を探索していく」と強調し、宇宙開発の主導に意欲を見せた。
月は常に地球からは片側だけが見え、地球側は「表」、もう片側が「裏」。
表と裏では地殻の厚さや地形が大きく異なる。
65年前に旧ソ連の月探査機「ルナ3号」が裏側の撮影に成功したものの、地球と月の裏側は直接交信ができず探査は停滞していた。
だが、中国は難易度の高い中継衛星を用いた通信手段を確立し、新たに道を切り開いた。
試料を採取した南極域にあるクレーター「エイトケン盆地」は40億年以上前に天体の衝突で誕生。
直径は約2,400キロで深さも6~8キロと、月で「最古、最大、最深」のクレーターに位置づけられる。
エイトケン盆地には隕石 (いんせき) 衝突など月の歴史を記憶した石があると目される。
中国地質大の肖竜 (しょう・りゅう) 教授は「盆地内部の火山活動の時期と (試料の) 成分特徴を突き止めれば、月の形成を追うことができる」と力説する。
▽成否の鍵
「中国が2045年に米国を追い越す目標を持っている。実現させるわけにはいかない」。
米議会下院の委員会で1月、共和党のデビッド・マコーミック議員が発破 (ハッパ) をかけた。
米主導の国際月探査「アルテミス計画 (Artemis Program)」での有人月面着陸が予定通り2026年に実現するかどうか不透明な中、中国は2030年までに中国人初の月面着陸を実現させる計画を着実に推進している。
日米欧などの国際宇宙ステーションは老朽化で2030年頃に引退する見込み。
中国は自国のステーションに飛行士を常駐させており、米国人が「宇宙にいない」事態が現実味を帯びる。
月の南極には氷が存在するとみられ、飲用水や、さらに遠くへ旅立つためのロケット燃料への利用に注目が集まる。
水を地球から月面に輸送するには1キログラム1億円という試算もあり、現地調達が理想。
中国はエネルギー源として見込まれる核融合発電の燃料ヘリウム3の調査を月で進めているとされ「宇宙開発をリードする上で月の探査の成否が鍵を握る」と専門家は説明する。
米航空宇宙局 (NASA) のビル・ネルソン長官は6月5日の記者会見で月面裏側での試料採取を祝福しつつ、中国の宇宙開発に「もっと透明で開放的になり、秘密主義を弱めてほしい」と注文を付けた。
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▪︎ 東京大公共政策大学院・鈴木一人 (すずき・かずと) 教授の話:中国は月の裏側で試料を採取した「嫦娥6号」を帰還させ、宇宙開発能力の高さを証明した。月の裏側では人工知能 (AI) を用いた自動制御システムに従い、離着陸や試料回収の難題を乗り越えた。中国は月面基地計画でタイやベネズエラなどの協力を取り付け、さらに参加国を増やす考えだ。月の開発をめぐり、米国と中国それぞれを中心とした2大陣営の主導権争いが活発化するとみられる。現状では月の資源獲得や探査に関するルールは存在せず「早い者勝ち」となっている。各国の対立が激化する前に、国際社会全体で議論を深め、ルール作りを進める必要がある。
(2024年7月16日号掲載)