2024年3月15日
大統領選という最大政治イベントを前に、同盟国で競争力を高めるはずの鉄鋼大型再編計画が暗礁に乗り上げた。
バイデン大統領は日本製鉄の米鉄鋼大手USスチール (U.S. Steel/本社:ピッツバーグ) 買収へ反対を表明。
激戦州をめぐるトランプ前大統領との労組票争奪戦は保護主義の競い合いとなり、選挙優先の姿勢が日本に飛び火した。
▽秋波
「USスチールは国内所有が不可欠だ」。
バイデン氏が3月14日に公表した声明はわずか3つの文章で「反対」も「阻止」の文言も入っていなかった。
それでも、労組へ秋波を送る狙いは十分に表れていた。
11月の大統領選で再選を果たすには、接戦が予想される激戦州での勝利が欠かせない。
USスチールが本社を置くペンシルベニア州もその一つ。
2012年まで6回連続で民主党候補が制したが、2016年は共和党のトランプ氏、2020年は民主党のバイデン氏が勝ち、大統領選結果に直結した。
バイデン氏にとって買収に反発する全米鉄鋼労働組合 (USW) は取りこぼしが許されない票田だ。
トランプ氏が1月に買収阻止と発言した時点で選択肢は限られていた。
同日にはデイビッド・マッコールUSW会長に対し、鉄鋼労働者を支援すると電話で直接念押しした。
▽暗躍
日鉄とUSスチールの買収を争ったライバルの暗躍も指摘されている。
ウォールストリート・ジャーナル紙によると、昨年の買収合戦に敗れた米鉄鋼大手クリーブランド・クリフス (Cleveland-Cliffs Inc. /本社:クリーブランド) のローレンソ・ゴンカルベス最高経営責任者 (CEO) は日鉄の計画を阻止するため民主、共和両党の関係者へのロビー活動を展開したという。
バイデン氏の声明発表は「数か月間の反対運動の集大成」 (WSJ紙) とされ、日鉄の買収計画が頓挫 (とんざ) すれば、クリフスが大幅な安値で買収を再提案すると匂わせる。
▽恨み節
日本政府関係者は「大統領選中は世論を意識した過激な物言いになってしまう。
日本は同盟国で安全保障上の問題はないはずだ」と漏らす。
別の政府筋は「米政権が旗を振る日米協力とは何だったのか」と恨み節も。
岸田文雄首相の訪米に伴う4月の首脳会談での取り扱いも注目されそうだ。
米戦略国際問題研究所 (CSIS) のニコラス・セーチェーニ日本部副部長は「(同盟強化に逆行する) 見当違いな戦略だ」と一刀両断。
日本企業が米国内で生み出す雇用創出効果を念頭に、米経済界からも「買収案件の政治利用は不適切」 (全米商工会議所) と批判が上がる。
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▪︎ USスチール:1901年設立の米国を代表する鉄鋼メーカー。今年11月に実施される大統領選の激戦州である東部ペンシルベニア州に本社を置く。年間の粗鋼生産能力は2,000万トン規模で、世界鉄鋼協会によると2022年生産量は27位。かつては米国の鉄鋼業界を牽 (けん) 引したが、近年は中国企業に押され競争力が低下。昨年12月に日本製鉄が完全子会社化する買収計画を発表した。
(2024年4月1日号掲載)