2024年 02月 28日

ゆうゆうインタビュー マイケル・シャナハン

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サンディエゴの名所の一つとなったスター・オブ・インディア号が当地にお目見えした時期は。

スター・オブインディア号は地元の人々だけでなく、観光客にも知られるサンディ
エゴの象徴的な存在となりましたが、この帆船が当地に来たのは 1927 年のことです。


——約 80年前のことなのですね。船がサンディエゴに到着するまでの経緯は。
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San Diego’s Star of India in her element, is the world’s oldest active ship! © Randall McLauchlan
 

オークランドで解体寸前だったこの帆船がサンディエゴ動物学会の創設者ハリー・ウェッジフォース氏率いる地元団体の目に留まり、招致したのです。サンディエゴのウォーターフロントに新しいアトラクションを創設しようと計画していた彼らは、この大型商用帆船を水族館にしようと考えていました。波止場に碇てい泊し、船内とその周辺に水槽を展示しようとしたのです。このように、スター・オブ・インディア号は「特別な目的のために保存すべき」というような意図的な選択が残されていたわけではなかったのです。単に、彼らが目的に適うものを見つけた…ということに過ぎませんでした。

船がサンディエゴに到着したのは1927年の終わり頃でした。ところが、水族館の計画を推し進めようとした時、後に世界大恐慌へと発展する株価の暴落が始まり、やがて時代は第二次世界大戦へと傾いていきました。そのため、船は何年間も港に横付けされ、放置されたままでした。第二次世界大戦中には軍用機の危険要素になると見なされ、トップのマストが取り除かれました。これは1950年代に入って別の地元団体が復活させています。例え、荒廃した目障りな存在であったにしろ、船は何年もの間、一般に公開されていました。



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活気に満ちたこの波止場は、以前はどのような様子でしたか。
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© Dale Frost


ウォーターフロントに対する考えは19世紀後半以降180度変わりました。それはサンディエゴのみでなく全米的な変化でした。かつて、ここはゴミ廃棄場でした。 湾岸地区にはツナ処理プラント、缶詰工場、造船所などの多くの産業や漁業団体が存在し、下水も港湾に流し込んでいたため、それは大変汚い場所でした。 本来の湾の姿を保存しようという現在の勢いはどこにもなく、この辺りに住みたいと思う人はいませんでした。 海岸沿いは皆が望むようなロケーションではなく、住民の環境は悲惨を極めていました。 言うまでもなく、現在の状況は全く異なりますが…。

スター・オブ・インディア号の招致により、人々は観光こそが街の経 済に重要な役割を果たすのではないかと考え始めたのです。そして現在、湾を利用する産業や軍関係のほとんどはコロナド橋の南側に存在し、ミッドウェイ航空母艦博物館、クルーズ船、復興したリトル・イタリーを含む波止場の北側はサンディエゴで最も主要な名所の一つとなっています。


—— 世界最古の現役帆船とのことですが、初出航はいつですか。

スター・オブ・インディア号は1863年に英国領マン島のラムジー造船所で建造され、ギリシア神話の音楽の女神から名前を取ってエウテルペーと名付けられました。船のサイズは全長212フィート(約64.62m)、船幅35フィート(約10.67m)、重量1,318トンでした。 当初は全装備の船でしたが、やがてアラスカ食料品包装出荷組合の所有となってからはバーク船へと改造させられます。先ず貨物船として、1870年以降は移民船として、その後1923年に引退するまではアラスカの包装出荷船として使用されました。 先程も述べたように、50年代より船の修復が計画され、60年代より本格的に始動し、1976年にようやく復活して再び航海を始めました。


—— スター・オブ・インディア号の特徴は。

特に、これと言って変わったところがない…というのが特徴と言えるでしょう。この船を保存すべき理由はどこにもないのです。特筆すべき歴史的事件に関わったわけでもなく、船上で重要な条約が交されたわけでもなく、敵国に引き渡されることもなく、軍艦として戦闘の砲火に晒されたこともありませんでした。この船は、通常では保存の必要性が考えられない日常の作業船だったのです。そのような船が未だに存在しているという事実こそが注目すべき点なのです。歴史的な出来事に何一つとして関わりのない船ですが、世界史の中で最も重要なイベントである、海を渡った移民の歴史に直接的に関わっていました。アメリカに暮らすほとんどの人々は、アメリカ以外の場所に自分の先祖を辿ることができます。15世紀初頭よりヨーロッパ人が帆船で航海を開始して移民が始まり、20世紀後半にはその数が頂点に達して世界中に広がります。これが世界に大きな変化を与えました。移民船が発達する以前は
私たちは孤立していました。スター・オブ・インディア号と同じような何千もの船のお陰で世界が変わったのです。この船は移民船として21回の航海を行い、イギリスからニュージーランドまで移民を運んだという記録が残っています。


——この船が今でも現役として存在している理由は。

この船にはその理由と言える幾つかの例外がありました。 先ず、鉄で造られているという点が一つです。木材や鋼鉄が使用されていたなら、腐敗や錆などにより今日まで存在することは不可能だったでしょう。 ご覧のように、今も甲板を交換する音がガンガン聞こえますが、鉄は木や鋼鉄よりも頑丈なのです。この船は造船に鉄を使い始めた初期のものですが、経験が無かったので船は木造船のように組み立てられました。つまり、後に誕生した船に比べて骨組みが隣接しているのです。また、多くの部品が使われています。 鉄製であったことが船の存続を可能にしましたが、何よりもそれは偶然の産物でした。さらに興味深いことに、世界大戦中、多くの船が軍事用に使用されたという運命から逃れて、 この船は一度もそのような目的で使用されたことがなかったのです。これがスター・オブ・インディア号の残存しているもう一つの理由でもあります。 かつて、同じような船が文字通り何千艘も存在したにも関わらず、 現在残っているのはほんの一握りであり、その中でも唯一航海できるのがスター・オブ・インディア号なのです。


—— 人々はこの船に変わらぬ親しみを抱いてきたのでしょうか。

難しい質問ですね。地域社会のアイコンとなるまでには時間を要するものだと思います。今、この船がサンディエゴから姿を消したなら人々は恋しく思うでしょう。例えば、時折、海事博物館を波止場以外の場所へ移転する議論が起こりますが、その時、必ず彼らは 「海事博物館は移転させたいが、スター・オブ・インディア号は残すように」 と言うのです(笑)。スター・オブ・インディア号は海事博物館の一部で、これらが全体を成していることを彼らは全く理解していないのです。船は独立したオブジェクトで、単独で保存されていると考える人々がいるようです。実際のところ、船の維持には相当に複雑なシステムが必要です。このような古い船が海水に浸り、風雨に晒されているわけですから、多くの手間が掛かるわけです。船は常に一定の腐敗状態に置かれていて、とりわけ古船はその影響を受けます。ボランティアなしで博物館を運営し、スター・オブ・インディア号を現在の状態で維持することは無理だったと私たちは考えています。彼らは船の維持と帆走の訓練という数多くの仕事をこなすために、1年中懸命に働いているのです。


—— 帆走にはどのような船員が必要ですか。
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It’s always taken a courageous crew with nerves of steel to man this ship. © Maggie Piatt-Walton


現在、乗組員は船長を含めて50人から60人で構成されています。実際には、それほど多くの手を必要とするわけではありません。19世紀には僅か18人で帆走していたほどでした。商業用に使用されていた当時は、所有者が経済効率を考えて必要最小限の人員で運営し、現在のような安全対策は考慮されていなかったのです。 私たちは安全面を重視するという理由に加え、可能な限り多くの人に航海の機会を与えるために有数の乗組員を抱えています。これこそが、船の維持のために必死に働き、長年訓練を受けてきた彼らが得る報奨なのですから ̶̶ 。彼らは船の整備のために身体テストと筆記テストに合格しなければならず、その後、整備と訓練に十分な時間を注いでようやく帆走する機会を得るのです。


—— 帆走中のスター・オブ・インディア号はどんな感じですか。

それは素晴らしい体験です。船内には搭載パワーが無いため、先ず船を曳えい航します。この時は多少、引き船に引かれているという感覚がありますが、引き綱が取り除かれ、船自体が帆走し始めた時は何とも言えない爽快な感じです。帆が風に向かい、独自の力で走行し始め、帆船の本領を発揮する時、その違いをはっきりと感じることができます。私はこれまでに何度か乗船しましたが、良好な風を受けて帆船が10~12度傾いていく具合は極上の気分です。そこで船員たちの働いている様子を観察できることも魅力的ですね。長い間、訓練を重ねてきた彼らが作業を行う光景は、まるで小劇場のショーを見ている思いです。彼らはこの週末のために1年を懸けて働いているのです。基本的に船は年1回帆走します。スター・オブ・インディア号は別の船と共にいつでも出航できるように待機させています。これは船の状態を良好に保つためだけでなく、航海の専門知識を確実に身に付ける目的でもあるのです。


—— 海事博物館には、他にどのような展示がありますか。
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Volunteers are the backbone of the Star and the fortunate ones are rewarded with a taste of how things used to be. © Maggie Piatt-Walton


博物館は今でも発展の過程にあります。これまで中心となってきたのは 「バークレー・フェリーボート」です。1898年製のこの蒸気船には事務所、お土産店があるほか、特設イベントの会場として頻繁に使用されます。また、1904年製の蒸気ヨット「メディア」号は、 当時の富裕層が大型蒸気機関の保有を望んだ消費黄金時代を象徴しています。この船は海軍船としても使用され、第一次、第二次世界大戦で活躍したのです。さらに、湾岸警備隊の前身レベニュー・マリーン時代に配備された密輸監視艇の複製「カリフォルニア」号を2002年に追加しました。1984年に蘇生したこの船で定期的な航海プログラムを一般向けに提供しています。19世紀の船であるスター・オブ・インディア号では、当時の航海法を継承する基本目的から、現代的な航海術を踏襲しないばかりか、エンジンや娯楽施設などもありません。しかし、この船は複製でありながら完全に認可された沿岸警備隊の乗客船で、実際のスター・オブ・インディア号とは異なる現代的な快適さを備えています。

そのすぐ外側には、18世紀のイギリス海軍フリゲート艦の複製 「H.M.S.サプライズ」号の姿が見えます。この船はアカデミー賞を受賞したラッセル・クロウ主演の映画“Master and Commander: The Far Side of the World”でも使用されました。さらに、最近になって、私たちはソビエトの攻撃型潜水艦「フォックストロット(B-39)」を新たに入手しました。冷戦時代の退役船でソビエト太平洋艦隊として活躍していた同船は、米軍/ NATO艦の追跡に関与していました。元潜水艦乗組員や元追跡調査班は、「フォックストロット」が太平洋沿岸における米軍の中枢サンディエゴに碇泊していることに一様に驚くようです。この船に乗船して潜望鏡をのぞき込むと、ノースアイランドに並ぶ米軍の航空母艦が一望できます。


——教育的、社会的な行事についても説明して下さい。
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Michael on deck the Star of India making sure everything is shipshape.


船上で開催される夏の映画プログラム“Movies Before the Mast”は今年で14回目を迎え、今ではサンディエゴの伝統的な催事となりました。最近ではニューヨーク・タイムズ紙のトラベル欄でも取り上げられました。これは私たちにとってビッグニュースでした。プログラムは7月と8月の3週末に開催され、金曜日の夜はどちらかというとデート向け、土曜日はよりファミリー向けです。波止場と船の雰囲気を楽しむのに最適と言えます。もう一つの人気プログラムはスター・オブ・インディア号での「家族お泊まり会」ですね。参加者が土曜日の午後3時から翌朝9時まで滞在することで、まるで19世紀のニュージーランドへ移住するような航海旅行の気分を味わえるので高い人気を誇っています。また、1日航海を含んだ「冒険パッケージ入場料」もあります。これはとてもお得です。博物館と繋留された全船を見学した後、午後に「カリフォルニア」号で3時間の“冒険航海”に出かけるのです。私たちはこのプログラムを波止場の小旅行と区別するために「アドベンチャー・セイル」と呼んでいます。「アドベンチャー・セイル」 は乗客の皆さんに積極的に帆船航海に参加して頂くものです。私たちは船の仕組みを説明しながら、 皆さんにラインを引いてもらい、 舵取りを任せたりしながら、実際の帆走を十分に体験して頂きたいと思っているのです。


マイケル・シャナハン 

サンディエゴ海事博物館マーケティング&広報部長。1990年サンディエゴ州立大学卒業後 、マーケティング・マネージメントとしてキャリアをスタートさせる。ウェルス・ファーゴの企業マーケティング部門の一員として、 ウェルス・ファーゴ歴史 博物館の開発、 同行のトレードマーク・乗り合い馬車のドキュメンタリーなどのプロジェクトを手がける。1996年、マーケティングマネージャーとしてユニオン・バンク・ オブ・カリフォルニアへ。 高齢者を相手にした金融詐欺防止対策として銀行員の訓練プログラム「ファイナンシャル・ウォッチプログラム」を共同設立する。その後、1999年から 2002年にかけて法律事務所プロコピオ・コーリにてマーケティング部長を務め、2002年7月サンディエゴ海事博物館にマーケティング&広報部長 として就任。同館のマーケティングの運営と開発、宣伝・広報活動プログラムを手がけ、スポークスパーソンとしても活動している。
サンディエゴ海事博物館の詳細についてはwww.sdmaritime.com まで


(2006年3月1日号に掲載)