——お父様の稀有な体験談を本人から直接聞いたことは。 ありませんね。他のブロードキャスターと同様、父が私達兄弟の前で第二次世界大戦時の話を口にしたことは一度も無かった。この仕事に関わった人は皆そうでしたし、夫がどんな仕事をしているのかを知らない妻もいたほどでした。1981年に父が亡くなるまで、私は本当に何も知りませんでした…。母は父が BBC (英国放送協会) に勤務していた事実は知っていましたが、実際の仕事内容については理解していませんでした。叔父の1人も母と同じことを言っていましたね。日系一世の祖父母や二世である親たちは、現在に至っても戦争体験を話したがりません。そればかりか、ラジオ局に勤務していたブロードキャスターの多くはデンバーで携わっていた仕事に関して語らないように通達されていたのです。アマチ強制収容所やデンバーでの経験について私も母に尋ねたことがありましたが、後になって自ら発見した事実についても何も教えてはくれませんでした。
ニュース、エンターテイメント、インフォメーションで構成される内容となっていました。英国国立公文書館では BBC で使用された父の手書きによる日本語のオリジナル台本が見つかりました。ニュース原稿、それにワシントン D.C.とロンドンの監督者が選んだ社説を日本語に訳していたのです。彼らの放送は電話を通じてサンフランシスコへ送られ、ビニール製のガラスディスクに録音した後、音楽やトークを交えた3時間番組に編集されて短波放送で日本向けに発信されていました。私達が子供の頃に、これらのオリジナル録音ディスクを目にしていたかもしれません。昔の写真や記念品と一緒にクローゼットの中に保管されていたのですが、幼い私達兄弟はそれを遊び道具にして壊したこともありました…それほど大切なものだとは思っていもいませんでした。
サンフランシスコで生まれ、コロラド州のアマチ収容所へ強制移動された後、3歳の時にデンバーへ移る。10人兄弟の中で育つ。サンフランシスコ・シティー カレッジ写真学科卒業後、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校でラジオ・テレビ・フィルム学を専攻。引退した現在も退役軍人省メディア・プロダクション 主任として活躍し、家族や日系米国人の歴史に関する様々なプロジェクトに従事している。現在、全米日系人博物館でボランティア活動を行うと同時に、オノ氏 製作によるドキュメンタリービデオ『コーリング・トウキョウ』で記録された日系人ブロードキャスターの連合国側への貢献について理解・認識を促す活動を精 力的に続ける。過去にサンディエゴとイリノイ州ウォーキガンで暮らし、現在はロサンゼルス郊外のシミ・バレーに定住。 ※日系人ブロードキャスターに関する 詳細やビデオ『コーリング・トウキョウ』の購入に関しては Gary Ono / 805-522-6350 または This email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it. までお問い合わせ下さい。