—— キャルティ社の概要とご自身の任務を教えて下さい。 キャルティとはトヨタ・モーター・コーポレーション (TMC) 南カリフォルニア (ニューポートビーチ) デザイン・スタジオのことです。1973年に設立されましたが、当時はどの企業もこの地域に進出しておらず、開業は勇断を要したと思います。自動車デザインの分野において最先端を行くこと ̶̶ その意味こそが私には全てでした。リスクを背負いながら次世代のデザインを生み出し、リーダーシップを取っていく。そのためには車社会を象徴するここカリフォルニアが重要な役割を果たすというのが、アメリカ人好みのデザインを備えたトヨタ商品を生むキャルティの創造性を支えている考え方でした。キャルティ (Calty) の社名もカリフォルニア (California) とトヨタ (Toyota) の繋がりから誕生したものです。 私達の手掛けた車がアメリカ市場で商品化されること。それが一つの目標でした。求められているスタイル ̶̶ 人々が理想とする姿を発見するためにはアメリカのライフスタイルから学ぶことが大切であり、車文化の中心地として、車が不可欠の輸送手段として生活様式の一部となっているカリフォルニアの環境が最も私達に適しているのです。人種、文化、価値観、思想の多様性が渦巻くカリフォルニアは私達に限りないアイデアを与えてくれます。カリフォルニアの文化無くして、トヨタに見る斬新なデザインを創造することは難しいでしょう。私達が手掛けるものはコンセプト・カー (販売はしないが、開発を目指す目的で作られたイベント出展用の車) やショー・カー (イベント出展目的で作られた車) が中心であり、これらの作品に対する人々の反応を通して将来のデザインを考え出しているのです。キャルティから生まれた作品は、セリカ1978、レクサスSC400、最近ではマトリックス、ラブ4、FJクルーザーが挙げられます。トヨタが最先端のデザインを維持できるよう、私達は常に努力を続けています。 ——キャルティは日本トヨタとの繋がりが強いのでしょうか。それとも独立して仕事をされているのですか。 担当するプロジェクトにより異なりますが、私達の任務は3つのカテゴリーに分けられます。1つはリサーチ。コンセプト・カーを手掛ける際に、世間の反応を通じて今後予想される流行の傾向を把握します。この場合、日本トヨタとは関係なく、自らのアイデアを生み出していきます。 2つ目のカテゴリーはアドバンス・デザイン。次世代に向けての最新デザインや構造の改良を提案していきます。日本のチーフ技術者と協力し合い、日本側の求めている姿を理解しつつも最近の流行を取り入れ、アメリカで受け入れられる新商品の製作に着手します。 3つ目のカテゴリーは日本からの要望によるデザイン・コンペティションへの出展です。日本トヨタはキャルティだけでなく、全米、日本、そしてヨーロッパのデザイン・スタジオから新型用のデザインを募ります。この厳しい競争を勝ち抜いて、自分達の作品が年に1回でも選出されるのはとても栄誉あることなのです。コンペティションは要求が厳しく、私達の全ての評価が下されてしまう緊張感を伴いますが、自分が発想したデザインが採用された時の喜びは譬たとえようがありません。 キャルティ内においてもデザイン・コンペティションが展開され、デザイナーは2~5人のグループに分かれて作品製作に取り組みます。スケッチで仕上げたり、コンピューター・グラフィックを駆使したりと各チームのスタイルは様々ですが、全チームがそれぞれの表現性を呈示することが必須条件となっています。そして、最優秀作品を選出してコンペティションが終了し、全員が一丸となってこれに手を加えて最高の作品へと仕上げていきます。 —— コンペティションで選ばれたデザインは、その姿のままトヨタ車として誕生するのでしょうか。それとも、多少は手を加えられるのですか。 それは良い質問です。ある時は、過去のデザインを基にして自分達の作品が多少手直しされることもあります。オリジナルのデザインが無条件に使用されないとしても、私達のアイデアが反映されていたり、トヨタに定着している典型的なデザインを変える展開になる可能性もあるでしょう。作品がそのまま受け入れられることもありますが、デザインの主体となるアイデアを与えるだけの場合もあります。ミニバンのプレビアを例に挙げるなら、私達のデザインはトヨタだけではなく自動車産業全体に影響を及ぼすこともあります。プレビアのユニークなプラットフォーム (車両の土台にあたる部分) は結果的に新ジャンルの「ワンボックス車」として成功を遂げました。現在では、プレビアを参考に開発されたと思われるトヨタ以外のミニバンも目にするようになりました。 —— 日本やヨーロッパのトヨタ・デザイン・スタジオに比べて、キャルティが異なる部分は何でしょう。 そうですね。自動車デザインを創造するという意味では同じですが、各スタジオが独自の観点を持っているので表現内容に違いが出てきます。カリフォルニア文化の影響を受けている私達の作品は他のスタジオでは見られない個性があり、多少なりともアメリカ人向けのデザインとして仕上げられていると思っています。また、ラブ4のようにアメリカ国内だけでなく世界中で販売されている商品を見ると、私達の成功を実感しますね。ラブ4はキャルティで誕生し、ヨーロッパ、日本、そして全米で人気を誇る商品となりました。世界に通用するデザインを生み出すことは私達にとって大いなる挑戦であり、地球的な視野を広げる推進力になります。また、1997年に日本で誕生したものの、直ぐにはアメリカへ渡って来なかったガソリンと電気モーターで走るハイブリッド車プリウスも私達の代表作品の一つです。また、カムリーやアバロンのように、アメリカ人の好みを重視したデザイン製作にも力を入れています。 ——トヨタらしいデザインを生む哲学というものはありますか。 トヨタは質の高さとデザインに定評があることを皆が理解していますし、私達はそれに応える作品作りを目指しています。トヨタ車は洗練された方法論で磨きがかけられ、あのような美しい姿に仕上がるのです。時々路上で目にするような、未完成と思われる姿のままで新車を市場に出すことは決してありません。ある一定のアングルから欠陥部分が見えてしまう車を目にすると、もっと手間を掛けて磨き上げればいいのに…と思いますね。トヨタは進歩した技術を巧みに使用した完成品を目指しています。加えて、キャルティのメンバーは常に新しいデザインを創造することを忘れていません。お客様が車を買い換える時には、手中にしている価値を越えた何かを求めているのでしょうから…新時代に相応しいデザインをね。車を購入する際にはそれなりの額を支払うわけですから、それに見合った満足を得て頂きたいと思っています。 —— キャルティから誕生したデザインの中で私達にも馴染みのある商品とは。 これまでに数多くのデザインを生み出してきましたが、最近のヒット作では昨年発売されたマトリックスが皆さんの記憶に新しいと思います。若い世代をターゲットにした商品で売行きも好調です。先程も話しましたが、キャルティでデザインされたラブ4・2001は新しい方向性を拓きました。また、レクサス SC400 (日本名ソアラ) のように10年以上前に誕生していながら、現在でも美しい姿を保つデザインを担当した自分をとても誇りに思っています。そして、トヨタのトラック車の中で高い人気を博しているタコマ・ピックアップも私達が誇る成功の一つであり、アメリカらしさを反映させたデザインを強調しています。変らぬ人気を維持し、永く愛され続ける車を世に送り出す仕事にデザイナー冥利を感じます。 —— 最先端のデザインを生み出す才能のある人々を、どのように発掘しているのですか。 キャルティに勤務している社員のほとんどがデザイン学部の卒業生で、中でも自動車デザインを専門に学んできた人が多いのです。私達は才能のある新しい人材を常に求めており、パサデナにあるアート・センター・カレッジ・オブ・デザインや、私自身が卒業したミシガン州デトロイトにあるカレッジ・フォー・クリエイティ・スタディの卒業生を多く受け入れています。また、日本から定期的に派遣される社員も含まれて、多彩な才能が集結しているのです。 —— デザインに熱中してデザイナーを志した時期はいつでしたか。現在も現場の仕事に携わっているのですか。 デザイナー志向を自覚したのは10代になってからでしょうか。昔からよく絵を描いたり、両手を使って何かを作り出すことが好きでしたね。自動車デザインは私の美術的能力と技術を生かせる絶好の分野だと思いました。自分の性格にも合っている…完璧な芸術家でも技術者でもない私にとって、この仕事は絶妙なバランスが取れていると思いました。 デザインにおける私の役割は大きく変わり、現在ではデザイナーとして直接手を加える機会が少なくなりました。社員への指導、作品に対する良し悪しの判断やアドバイス、そして未来への構図の中で全体を捕える視点を養っています。自分が目標とするものを頭の中で描き、社員と上手くコミュニケーションを取りながら一つの作品を完成させていく ̶̶これが今の私の仕事です。 —— フォルクスワーゲン、フォード、トヨタ各社がレトロブームに乗った商品を生産していますが、このトレンドの理由は何でしょう。 ある企業には良いアイデアなのかもしれません。歴史を振り返り、過去に人気を集めたデザインを再登場させる好機でもあるでしょう。過去の栄光を象徴するデザインの中には依然として人々の支持を得ているものもあります。強いインパクトを持ち、その当時の人気車が馴染みのある姿を残しつつも現代風にアレンジされて蘇ってくるのは、とても素晴らしいことですよね。子供の頃、とても自分には手が届かないだろうと思っていた憧れの車が、大人になった今購入できるというのはね —。 —— 近々、トヨタまたはキャルティから誕生する注目すべき作品はありますか。 いつの日か、私達の手掛けているコンセプト・カーを皆さんの前でご披露することを目標にしています。私達の作品に対する世間の評価と試作経験に基づいて、トヨタの更なる発展と自信に繋がるように今後も努力していくつもりです。先日、デトロイトで開催された北米国際オートショーで FJクルーザーのコンセプトが発表されました。清潔感、道具としての機能性、優れた外観などの充実した機能を備えているSUV車 = 車の原点とも言うべき実用性を重視した構造 = がこの時代に求められていると実感しました。これが FJクルーザーに対する私達の印象であり、人々の反応にも確かな手応えを感じています。 (2003年5月1日号に掲載) |