ゆうゆうインタビュー ドナルド・G・リンドバーグ

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地球上の人々がパンダに愛着を感じていますが、この動物の魅力とは。

パンダは聖霊的な動物といいますか、他の哺乳動物には無い、人間の魂を鼓舞するカリスマ的魅力がありますね。あの不器用な動作と悪いたずら戯っぽさを見ていると、ヨチヨチ歩きの人間の幼児を思い出させますね。赤ちゃんの行動とまるで同じでしょう。木の上から転げ落ちたパンダが起き上がって、もう一度登ろうとする姿を見ているとね…。外見も独特ですが、大型の丸い頭と耳にも注目して下さい。動物行動学では「リリーサー」と呼んでいますが、この部分に感情表現を司る機能らしきものが備わっているんです。小柄でやんちゃなフア=メイ (人工授精で1999年にサンディエゴ動物園で誕生) は可愛さがあって皆の人気者でした。個人的にパンダに関心を示さなかった学者がいましたが、最初は冷淡だったのに、フア=メイと接触する時間を重ねるにつれて態度が変化していきましたね。最後には目を潤ませて、彼が私に言うんです。「こんなに感動を受けるとは想像していなかった。パンダと出会う多くの人間が同じ思いをしているんだろうね」
と。


——SD 動物園と聞くと誰もがパンダを思い浮かべますが、この魅惑的な動物を受け入れるまでの経緯は。

サンディエゴ動物園でパンダを飼育する計画が提案されたのは1950年代、あるいはそれ以前かもしれません。実際に中国に代表団を派遣してパンダ貸与契約の交渉を開始したのが1979年。中国政府が2頭のジャイアントパンダをサンディエゴに送る用意があるとの通知が届いたのが ’80年代後半で、最終的にバイ=ユンとシー=シーが到着したのは1996年9月10日のことでした。この背景にはアメリカ政府による商業活動としての動物輸入等を規制する動きがあり、動物園が中国からパンダを招くのは商業目的と解釈されて政府から保留を受けていたのです。海外からの動物の借り入れは予想外に困難を極めてしまい、私達の当初のパンダ飼育計画は拒絶されました。


—— パンダ計画実現に向けて、対策を立て直したのですか。

7_2-1.jpg新しい計画書を作成して提出したのです。今度はパンダのコミュニケーション機能の研究が目的という、学術的な内容でした。私が直接的に計画に関わった頃であり、動物行動学のスペシャリストとして、自分が中国に赴いてパンダの行動様式と生息環境を観察すれば比較研究が可能になる̶̶̶と主任を説得しました。パンダのコミュニケーション能力は行動パターンに繋がっているし、動物行動部門のヘッドの立場にいた私には使命感が漲みなぎっていました。とはいえ、この計画に身を投じる覚悟はあっても、パンダへの情熱が最後まで続くだろうか̶̶̶、この研究は最大限に報われるだろうか̶̶̶という自問には答えられず、展望については五里霧中でしたね。新計画では、サンディエゴにおける研究と中国での関連研究が野生パンダ生息数の維持に寄与すると強調しました。計画書提出から暫くの間は沙汰もなく、飼い殺しの状態に置かれていましたが、中国政府の合意を取り付けていたことから、1994年にアメリカ政府からやっと輸入許可が出たのです。図らずも、私達への認可プロセスが政府の動物輸入の可否を決定する基準になり、後に続くケースに適用されることになりました。


——パンダという“新しい住人”を迎え入れる準備は大変でしたね。

興味深いことに、最初の許可申請の時点でサンディエゴ動物園では8頭のパンダが生活できる公開展示場が既に完成していました。ですから、私達が書類手続を終了し、認可されるまでの約4年間は“住人不在”のまま放置されていたのです。


—— SD のパンダについて、もう少し話して頂けますか。

先ず、パンダ貸与契約の一部として、中国四川省のウォーロン (臥龍)・センターから2頭のジャイアントパンダを迎えることになりました。雄のシー=シーと雌のバイ=ユンです。シー=シーは中国での野生時代に瀕死の重傷を負い、危うく救出されて数年間に渡り人間の保護を受けていました。バイ=ユンは誕生時から飼育の環境下で育っていて、ウォーロン・センターで初めて生まれた雌パンダです。それだけに、彼女を SD に送り出す際に関係者は惜別の念が強かったそうです。そして万人に愛されている子パンダのフア=メイ (雌)…当動物園産のこの子は、過去10年間に北米で誕生して4日以上生存している最初のパンダ。性格の違いを見ると、老齢を重ねたシー=シーは消極的なのに、バイ=ユン-フア=メイ母子は実に活発で積極的。相手や事物を素早く認識して友好的な反応を示します。数年前の話ですが、飼育員が柵の外側から周囲を走り回ると、それを見ていたバイ=ユンが内側から彼女と一緒に並走しようとしたのです。(笑) 眺めていて本当に面白かった。


—— パンダ同士のコミュニケーションの方法は。

パンダは群生しない動物なのでコミュニケーションには嗅覚が重要な働きをします。自分が生きる環境下で臭痕を付ける、いわゆるマーキングを行い、数週間から数か月に渡って他のパンダとメッセージを交換します。シー=シーは老齢化が進んで相手に反応を示さず、マーキングをほとんど行いません。バイ=ユンとの関係でも、彼女が積極的にシー=シーの気を引こうとしているのに、彼は最初からバイ=ユンに関心を示しませんでした。バイ=ユンは対照的に外向的で相手とは頻繁に影響し合います。また、雄と雌の臭痕の利用法は異なり、雄は自分の生活エリアを確定する目的で行い、雌は雄からの求愛を受ける指標にする場合が多いのです。雄の雌への反応も様々ですが、中には木の上で逆立ちをしてお尻を高々と上げたりします。雌は高いお尻の雄を好んでいるように思えますが、その理由とは…? 多分、お尻の位置が高ければその雄の身体も大きく、雌が好む対象なのでしょう。フア=メイでさえも機能が十分に発達していない頃からぎこちなくマーキングを試みていましたね。 「ママがしているのだから、私だって!」 という思いだったのかも…。


—— 唸り声や特殊な音を出してコミュニケーションを試みることは。

7_1.jpg日本を離れる前、聖心の教職員の間で夏のアメリカでの短期旅行/留学プログラム開設のアイデアが出ていました。帰米してすぐに聖心女子大学のシスターの1人から電話が入り、サンディエゴ大学 (USD) との提携の可能性を打診してきたので、私は協力の意向を表明し、USDに働きかけたのです。日本から第1陣の交換留学生が到着したのはその翌年だったでしょうか。私は若い人ほど留学体験は意味を持つとの思いから、大学1年生を中心に募集しようと思いました。私の妹マリー・マックヒューも私と同様に日本への思慕が強く、夏になるとサンフランシスコからサンディエゴに飛んできて、交換留学生プログラムに貢献してくれました。その妹が聖心女子大で教えることになり、私が引退した後、妹から 「ポジションに空きがあるよ。意欲はある?」 との連絡が入り、再び教壇に立つ運びとなりました。


—— 動作や仕草によるコミュニケーションはどうでしょう。例えば、幸せな時などは。

そんな時、パンダは転げ回るのが好きなんです。中国に行った時、満1歳の子どもパンダのグループを観察していたのですが、彼らは無邪気に遊び回る人間の子どもと同じでしたね。ふざけながら互いに押し合い、その度に後ろに転んだかと思うと、今度は飛び掛かって軽く耳を噛み合う応酬が始まるのです。


—— フア=メイの誕生はセンセーションを巻き起こしました。この“小さな名士”の登場の意義は。

もう彼女は子どもではありません。生まれた時の体重は僅かに1/4パウンドで、母親のバイ=ユンのサイズはフア=メイの約800倍でした。胎盤哺乳類の中で幼獣と成獣の違いが最も顕著なのがパンダ。現在では母親のサイズを凌ぐまで成長し、体重も200パウンドを超えています。興味深かったのは、誕生したばかりのフア=メイは無力状態だったのに、母親としてのバイ=ユンの目を見張る献身ぶりが彼女に生命力を吹き込んだということ̶̶̶。例えば、生後5日間は何があってもフア=メイの元を離れなかった! バイ=ユンは子どもを注意深く見守り続け、漸く9日目に少量の食物を求めて出ていきました。

フア=メイの例で言うと前脚が後脚よりも発達しています。これは全てのパンダに言えると思うのですが、フア=メイは三脚を開くように先ず後脚を動かし、最後に四つ脚で起き上がります。


——フア=メイを抱いている時の感触は。

生まれたての頃の毛皮は柔らかく、まるで子犬を抱えているような感覚でしたが、今では成長して、少々強こわばった脂性に変わり、水分の浸透を防いでいるように思えます。私がフア=メイを抱いている前ページの写真は、生後数か月の時点で体重計量の際に撮影したものです。


——フア=メイが SD を離れるのを皆が悲しんでいますが、それはいつ頃ですか。その後の展開は。

サンディエゴ動物園と中国政府とのパンダ貸与契約に基づいて、フア=メイは両親の故郷である中国四川省のウォーロン・センターに送られることになります。中国は今が厳寒の季節ですから、中国行きは早くても来年の春になると思われます。フア=メイは同センターのパンダ飼育プログラムの中に置かれるでしょう。来月はシー=シーが中国に戻りますが、サンディエゴ動物園には代わりに若い雄のパンダが来ることになっています。私達関係者一同は新しいパンダの到着を心待ちにしています。今度は若くて活動的な雄のパンダなので、雌にも興味を示していますし…新世代誕生にも希望を託すことができるでしょう。私達には中国と結んだ12年間のパンダ貸与契約があと6年残っています。とはいえ、将来のパンダを取り巻く環境がどう変わるのかを予測するのは困難でしょう。
フア=メイにお別れを告げるのは悲しいですが、彼女と関わる時期を持てた幸福にとても感謝しています。パンダを見て心を癒された̶̶̶と私に言ってくれた人達もこれまでに何人いたでしょうか。仕事上のトラブルなどで意気消沈している時、動物園を訪れたり、インターネットの「パンダ・カム」を通してフア=メイの無邪気な姿に出会うだけで元気が出たという人々が後を絶ちません。3頭のパンダがその存在だけで一般市民の心を癒してきたという事実には驚くばかりです。サンディエゴ動物園でパンダ達と深い関わりを持つのは楽しく、私の大いなる喜びなのです。



ドナルド・G・リンドバーグ

1979年よりサンディエゴ動物学会会長。1993年から全米動物園水族館協会 (AZA) のジャイアントパンダ種保存計画で研究チームを主導し、動物行動学のアドバイザーとして活躍。UCバークレーで生態人類学の博士号を取得し、1985年よ り SDSU の人類学助教授として教鞭を執る。動物学に関する著書多数。パンダ、マカーク (サル) などの絶滅危機種を含む霊長類研究も多い。研究成果による各種受賞が多く、最近は種保全への多大な貢献と功績が評価されて全米動物園水族館協会会長賞を受 賞。ジャイアントパンダについての詳細情報とパンダのライブ映像 (Panda-Cam) はサンディエゴ動物園のウェブサイト www.sandiegozoo.org/special/pandas/ へ。

(2002年11月16日号に掲載)