11/1/2024
旧約聖書の十戒を教室に掲げ、聖書の授業を義務化――。
米南部の共和党が優勢な州で「国の礎」として公立校の教育に宗教を取り入れようとする動きが相次いでいる。
民主党が強い都市部を中心に価値観の多様化が進んでおり、危機感を抱く保守的な信者を煽 (あお) り、政治利用していると批判の声も上がる。
大統領選で舌戦が続く中、保守、リベラルの断絶は深まり、米社会の二極化に拍車をかける。
▽提訴
6月、南部ルイジアナ州で来年1月までに、公立校の教室に十戒の掲示を義務付ける州法が成立した。
「子どもには道標 (みちしるべ) が必要だ。
交流サイト (SNS) では見つからない」。
州都バトンルージュの保守派ロビー団体のジーン・ミルズ会長 (61) は、掲示用ポスターの作成に向けた寄付募集に力を入れている。
神との向き合い方を説き、殺人や窃盗を禁じる十戒が登場する旧約聖書はキリスト教とユダヤ教の聖典だ。
ミルズ氏は「国家の土台となる歴史だ」と強調。
一部の保護者らは、十戒の掲示が信教の自由を保障する憲法に反するとして州法差し止めを求めて提訴した。
共和党のジェフ・ランドリー州知事は「十戒の教えは多くの宗教に共通する」と主張し、「嫌なら自分の子どもに『見るな』と言えばいい」と意に介さない。
南部オクラホマ州では6月、教育長が公立校で聖書の授業を義務化すると通達した。
▽疎外
「政治パフォーマンスに過ぎない」。
ルイジアナ州の最大都市ニューオーリンズにある教会のマーク・ボズウェル牧師 (44) は「政教分離に反する」として十戒に関する州法に反発する。
ボズウェル氏は保守派が多いバプテスト教会の中ではリベラル寄りの一派、アメリカン・バプテスト教会の所属だ。
人工妊娠中絶の容認やLGBTQなど性的少数者の権利拡大に「政治家は保守的な信者が疎外されていると不安をかき立て、支持を得るために利用している」と批判した。
大統領選の共和党候補トランプ前大統領は在任中、最高裁に保守派判事を送り込み、中絶が憲法上の権利だとする解釈の見直しにつなげた。
キリスト教保守派の評価は高い。
トランプ氏を信奉するマージョリー・テイラー・グリーン下院議員 (50) は「米国はキリスト教国家だ」と信者らにアピールする。
ルイジアナ州立大のロバート・ホーガン教授 (政治学) は「ランドリー氏は非常に野心的な知事だ。
十戒の掲示を義務付ける州法によって全米で知名度を上げようとしている」と分析した。
大統領選で民主党候補ハリス副大統領が当選しても「民主党政権とのあらゆる対立点を利用し、分断を深めるだろう」と警鐘を鳴らした。
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▪︎十戒:旧約聖書『出エジプト記』と『申命記』に登場する、神がイスラエルの民に授けた10の戒め。
① 唯一の神を信じ、他の神々を崇拝してはならない。
② 形ある像を神として崇拝することを禁止する。
③ 神の名を軽々しく使ったり、嘘の誓いに使ってはならない。
④ 7日目は神が世界を創造し終えた日であるため、仕事を休んで神を礼拝する日とする。
⑤ 両親を敬い、感謝の心を持って接する。
⑥ 他者の命を奪ってはならない。
⑦ 配偶者のいる人との不倫や性的な不貞を犯してはならない。
⑧ 他人のものを不当に奪うことを禁じる。
⑨ 嘘をついて他人を不当に陥れてはならない。
⑩ 他人の財産や配偶者を羨ましがったり、強く欲しがる心を慎む。
(2024年11月16日号掲載)