▽高校時代の書道教師Sは、山伏 (やまぶし) を思わせる大柄な体格、無造作に生やした髭 (ひげ)、怒り肩で強面 (こわもて)、相手を射抜く鋭い眼光 —— という風貌。それはまるで、宮本武蔵が『五輪書』(ごりんのしょ) を書き上げて、洞窟から這い出てきたような威圧感だった。「書に向かう前に、無念無想に近づくよう、瞑想から始めよ」「『白砂青松』『懐郷』『淡雪』をそれぞれ3回練習」といった指示が黒板に書かれているだけ。生徒の背後から手を取り、筆遣いを指導する時に、低い声で発する「止める」「跳ねる」「払う」「伸ばす」以外の言葉を耳にした記憶がない。一度だけ、クラスメートが耳に親指を当てて掌 (てのひら) を広げ、ジェスチャーで “何か言ってよ!“ と茶化したら、教師Sは物凄い形相で無言のまま睨み続けていた。以来、恐ろしすぎて教師Sの “ 無言の制圧 ” に逆らう者は消えた。▽高校卒業式後のクラス送別会。生真面目で面白味に乏しく、全く人気のなかった担任Nが「君たちへのはなむけです」 と言って、童謡の『黄金虫』を朗々と歌い始めた。「♪ 黄金虫は〜金持ちだ〜金蔵建てた蔵建てた〜♪ 飴 (あめ) 屋で水飴買ってきた ♪」。2番しかない唱歌を繰り返し歌い続け、生徒全員と握手を交わし始める担任N。予期せぬスリラー。ジュースを注いでいた者もフリーズ状態で凝視していた。 (SS)
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▽「 いいか!! ウソをついたり、人をだますと、ほれ!! このように鬼に舌を抜かれる」。 故郷の寺の襖 (ふすま) には大きな「地獄絵」が描かれていて、住職が村の子供たちに説法をしていた。躾 (しつ) けの劇薬ともいえるその「地獄絵」はグロテスクで、目を覆ってしまうほど怖かった。祖母の腕にしがみついて「ウソもつかないし、悪いこともしない」と心に誓った記憶がある。▽もっと怖かったのが土葬の風習。村では葬儀が終わると、大きな桶に遺体を座らせて、天秤棒で男衆がその桶を墓場まで担ぎ、墓穴に埋葬した。白装束に草鞋 (わらじ)、頭に三角の布を巻き、寺から墓場まで村人総出で行列を作って歩いた。祖母から聞いた話では、死後、硬直を起こした遺体を温めて座らせるために、湯を湧かしたこともあったそうだ。現在は火葬がほとんどらしいが、子供の頃に垣間見た死者の葬り方はとてもリアルで怖かった。▽昨年、『ACH事前医療指示書』というものを弁護士さんに作ってもらった。「延命治療はしない。モルヒネなどで痛みを和らげてほしい。臓器/組織は全て提供、何に使ってもOK。火葬して日本の墓に埋葬」。自分の生前・死後の医療について計画を立てたら、妙に気持ちが落ち着いた。死ぬのは怖いけれど、その時は必ず来る。死を意識することは、生を大切にすることに繋がるような気がする。 (NS)
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sheau-ching-san.gif 我が家の猫はノラだったので、実際の年齢は分からない。家族の一員になったのは10年以上前なので、11歳前後だと思う。顔が小さく、体が長くて大きい。バランスが全然取れていない猫だが、性格が良く、いつも舐め舐めしてくれて、とても可愛い! だが、ついこの間の週末に、急に過呼吸になり、鼻水だらだら、口が開いたまま、ヨダレが出っ放しという危険な状態になり、すぐに動物病院のERに連れて行った。5時間の検査と入院治療で heart failure (心不全) と診断された。酸素室に入れられた猫は、酸素がないと呼吸困難になるので、退院は難しく、安楽死も一つのオプションだと説明を受けた。それを聞いた私と夫は悲しくなり、泣きながら、どうしたものかと悩んだ。「リスクがあるのは怖いけど、すぐ安楽死は絶対させない! 薬をもらって、猫を連れて帰りたい」と先生に伝えた。数日後、猫は普通に動けるようになってきた。サヨナラの日がいつかやって来るとの恐れがあっても、一緒にいられる日々を大切にしたいと思っている。 (S.C.C.N.)
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yoko ▽4歳から14歳まで、週に一度、ピアノのレッスンに通っていた。ピアノの先生のお宅は歩いて15分ほどで行ける距離だったので、小学生、中学生のころはひとりで歩いて通っていた。夕方からのレッスンだったので、日が暮れるのが早い季節になると、帰り道が暗い。いつのころだったか、帰り道が怖い時期があった。そのときは振り向くとお化けがいると思い込んでいて、絶対振り向かないで、小走りで一目散に家まで帰っていた。▽幼い時は家の中でも怖いときがあった。当時は2階建ての小さめの家に住んでいたのだが、夕方、みんなで1階の居間にいるときに、ひとりで2階に何かを取りにいかないといけないとき、怖くて怖くて、大急ぎで階段を駆け上って、駆け下りてきていたのを憶えている。▽眠るのが怖かった時期もあった。眠ると悪夢ばかり見ていた。そういえば、毎晩眠る前に 「今日は怖い夢を見ませんように。神様、お願いします」とお祈りしていた。無宗教なのに、困ったときだけ神様に頼っていたなぁ。。。 (YA)
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reiko-san △高校の古典・漢文の先生。私たち生徒の間では密かにジャイアンと呼ばれていた。ニックネームの通り、ドラえもんに登場するいじめっ子「ジャイアン」風の体型に、パンチパーマ、色黒で、目がぎょろっとしたソース顔。見た目も怖いが、彼の授業はもっと怖かった。予習をしっかりやって、万全の体制で授業に臨まないと大変な目にあった。「宿題・予習を忘れた者は、授業中、教室の後ろに立っていること」 というルールがあって、少しでも予習に自信のない子は自主的に後ろに立ち、難を逃れようとした。私も何度も立って授業を受けたな〜。面白い話もいろいろしてくれて、優しい面もあったと思うけれど、彼の授業はストレスが大きすぎた。もう少し加減してくれていたら、古典・漢文がもっと好きになったような気がする (と、人のせいにする私)。△私には9歳の娘がいるが、彼女が今、いちばん怖いと思っていることって何だろうと思い、聞いてみたら、「死ぬこと」だそうだ。それは確かに怖い。それを挙げられたら、もう他の怖いことなんて太刀打ちできないでしょう。ジャイアン先生の怖さも、死ぬことに比べたらなんてことないと思える。死んだらどうなるか分からない、未知の世界は怖いものだ。娘が納得する答えなんて私が持っている訳もなく。一緒に悩むしかない。 (RN)
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suzuko-san 私は瀬戸内海沿いの祖父母の家で生まれた。私が超幼かった頃、堤防が決壊した。すぐさま母と駆け付けたのだが、タクシーが途中までしか行けず、母が私を抱いて、泥水の中を歩いて、祖父母の家までやっとの思いでたどり着いた。その道中が怖くて、怖くて。私は恐怖におののきながら、母の首にしっかりつかまって・・・の光景。3、4歳の頃で、人生で最初の記憶だ。2番目の記憶は、家の近所の保育所の前を通ったら、園児が楽しそうに遊んでいるのが羨ましくなって、私も通い始めた。そのうちに夏休みになる。3人の姉や兄たちが家にいると、私も家にいたい。そうなると保育園はどうでもよくなってくるのだが、母は嫌がる私を保育園に連れていく。私は行きたくないものだから、泣き泣き門をくぐることに。その保育園は、泣きながら来た子は掃除道具置き場に入れられてお仕置きを食らうのだ。その狭い小屋の中は真っ暗で、怖いことと言ったらこの上ない。ますます大声で泣くのだが、時間が来るまでは誰も戸を開けてくれない。その恐怖感は今でも鮮明に覚えている。奇しくも人生初と2番目の記憶がどちらも怖い体験のもの。 「怖い」という感情は、いつまでも残るものだろうか? 怨念もそのクチか? おお、怖 (コワ)! (Belle)
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jinnno-san ↑ (一番上) の人 (NSさん) が、、、以前も書きましたが、未だに、いまだーに! 同じ、しかも前回、この件について取り上げたのは、確か夏頃。そして今はもう冬なのに、そのおなーじ、たぶん春用のシャツを、、毎回会う度に、着用している! 笑。しかも、もうお出掛け用ではなく、何となく普段着用に変わったのか、着用頻度がアップ! 笑。冬なのに、そんな生娘が着るような、ちゃらちゃらしたの (ピンク色の花柄のうすーー い透けた生地 笑)、さっぶくねーの?と、本人に言ったら、わたしを見て、そして、わたしの日本の里帰り時の写真を見て「あ、同じ服だ」と指摘された ーー! 笑。教訓:人の振り見て我が振り、、直らん 笑。性格って怖いね〜 笑。その性格で、どうしてもどーしても、できないことがあるというか、達成できないことがある。それは、、晩酌用ではなく、料理用に日本酒を一升瓶で買うのだけど、、、料理に使えたためしが、ない。なぜか、料理の前に、一滴もなくなる! どうしてどうして?・・・そう、呑んじゃうから! 笑! せっかく料理用に楽しみにしているのに、なーんでなくなっちゃうの?! そんな、あたいの行動が、、、こっええええええええ ーーー !!! 爆! いつか自撮り防犯カメラ的に、自分を観察したい 笑。 (りさ子と彩雲と那月と満星が姪)
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2010年に放送が開始されて以来、全米で大ヒットしている「ウォーキング・デッド」のテレビドラマシリーズ。噂に聞いていただけで見ていなかったが、こんなに長く続いているからきっと面白いのだろうと、最近Netflixで見始めたけれど、はっきり言って怖すぎ! 怖いけど止められない・・・。しかも、私がゆっくりドラマを見られる時間帯は、子供や夫が寝静まった夜11時ごろから真夜中。私は子供と寝ているので、ベッドでイヤホンを付けてスマホで見るのだが、子供が横にいるだけで、寝ていても恐怖心はだいぶ減る。ある夜、見ている途中でトイレに行きたくなった。ひとりでトイレに入ると、徐々に恐ろしいシーンが頭に浮かび、怖くなったので、早く用を済ませて急いでベッドに戻ろうと、トイレのドアを開けた。すると、小さな子供の黒い陰が目の前に。 「ギァーッ!」と大声こそは上げなかったが、心臓は飛び出そうなほどバクバクしていた。そこに立っていたのは、私がトイレに行く音に目を覚ました長女だった。リアルな娘の黒いシルエットはホラードラマを超える恐怖だった。やはり、真夜中のホラーはやめておいたほうがいい。 (SU)


(2018年2月16日号に掲載)