2023年 02月 07日
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StaffTalkスタッフ閑談

引っ越し

 

▽東京郊外のマンションへ引っ越した頃のエピソードが忘れられない。真夜中のエレベーター。乗り合わせた仕立ての良いコートに身を包んだ男は、その端正な面差しをサングラスの奥に隠して同じ階の一室へ姿を消した。芸能関係者と分かる華やかな風貌。彼は1970年代のアクションドラマに出演していた準主役級の人気俳優Tさんで、そこに若い愛人を住まわせていたようだ。管理人が不在の時、女性宛ての宅配物を預かっていた私は、誰も受け取りに来ないので、併記されている☎︎番号をかけた。彼女が出た瞬間、うっかりして「Tさんのお宅ですか?」とやってしまった! ガチャン! その女性はひっそりと転居した。小包の中身は果物。娘を心配している母親からの贈り物? そう思うと、他人事ながら切なくなり、差出人へ返送することで私の役目を終えた。何がしかの料金を支払って。▽カードキーで出入りするホテルのような最新式の新居に従姉妹 (いとこ) が引っ越した。えっ! 転居初日にそれを紛失? 防犯上からも再発行に厳しい制約が掛けられて厄介なことに。旦那にバレる前に自力で見つけようと、血眼 (ちまなこ) になってカードキーを探す「奮闘記」を延々20分以上も話す。「結局、◯◯の中に入れたのを忘れてたのよ!」 と大笑いしている。元ガングロの姪が「ママ、何のオチもないじゃん」と冷たく切り捨てた。オジちゃんも固唾 (かたず) をのんで聞き入っていたんだよ。長い話はどんでん返しがなきゃいけない。 (SS)
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▽「老後は日本で暮らしたい」と、ここ数年、友人知人が母国に引っ越している。「日本の方が安心」がその理由。確かに、言語、食事、医療や介護など、アメリカより日本での老後に “安住感” を持てる要素は多い。「でも、本帰国の前に、一定期間は暮らしてみたほうがいいよ」と、一度は日本に帰国したが馴染めず、アメリカに戻ってきた知人がアドバスをくれた。▽「自分を大きく変えたいなら、引っ越しをしよう」。モノの本によると、引っ越しこそ、一番手っ取り早く人生を変えることができる方法とか——。引っ越し直後は古い習慣を断ち切りやすく、新たな習慣を身に付けやすいとも言われる。でも、ボヤボヤしていてはいけない、新しい環境に脳が慣れるまでが勝負らしい。因みに「幸福への鍵は15分アクセスにある」という。満足度から部屋探しを考えるなら、ウォーキングやサイクリングで、片道15分でどこにでもアクセスできる圏内が理想とのこと。▽ NASAの発表によると、2030年までに月への移住が可能になるという。多くの困難を乗り越えてでも月を目指す理由は 「人類を存続させるため」にあるそうだ。これまで地球は、最低5回、大量絶滅期を経験しているとのこと。隕石が衝突したり、環境破壊が進んで地上で暮らせなくなってからでは、他を探しても遅い。今から宇宙規模の引っ越しの準備が始まっている。(NS)
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yoko
物心がついた頃に住んでいた家は、引き戸で部屋が区切られた、日本家屋の特徴的な間取りの二階建てだった。急勾配の階段が付いていて、上り切ると広い空間があり、そこに私と妹の勉強机2つと二段ベッド、本棚、おもちゃの置いてあるエリアがあった。その部屋と、襖 (ふすま) で仕切られた2部屋の1つは父母の寝室、もう1つは父の書斎だった。私と妹の部屋 (空間?) からはベランダと屋根に出られたし、隣の従姉妹 (いとこ) 宅の屋根との隙間が1mもなかった。父と叔父が隙間に渡り板を敷いてくれたので、しょっちゅう、屋根伝いに従姉妹たちに会いに行っていた。10歳の頃、家を新築することになった。実家から歩いて10分以内の場所だったので、骨組みの段階の時から、ちょくちょく見に連れていってもらった。「Yの部屋はここ、妹の部屋はそこ」と教えられ、とても感動したのを覚えている。新宅は洋風の作りで、多くの部屋に分かれていた。何と言っても、初めて個室を持てたことが嬉しかった。壁紙もカーテンも自分の好きな柄を選ばせてもらった。家が完成して、それぞれ自分の持って行きたいものを運ぶように言われた (子供だったので)。新しい家への引っ越し体験は、ワクワク以外の何物でもなかった。 (YA)
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suzuko-san
このテーマをもらって、私は人生で一体、何回引っ越しをしたのだろうと数えてみた。まず、生まれ故郷の福山から大学進学で上京。中野区の一般家庭に下宿をした。過剰な心配性のおばさんが疎 (うと) ましくて、1年で杉並区の女子寮のようなアパートへ。そこから世田谷、再び杉並、またまた世田谷と、東京で5回引っ越しをした。最終的に世田谷の上北沢からサンディエゴのPB、Rancho San Diegoと住まいを変え、現在のUTCがサンディエゴでは3軒目となる。ということは、人生で8回引っ越しをしてきた、ということか。これが多いのか少ないのか。引っ越しは不用品の片付けには実に有効な手段だが、如何せん、お金と時間、そして莫大なエネルギーと体力を要する。現在の住まいに引っ越してきた時、この家はしばしの寓居、くらいの気持ちで転居したのだが、気がつけば、人生で一番長く使っている住所となった。当地は気温もインランドなどに比べて穏やか。年間を通じてクーラーもヒーターも不要という究極の節電エリア。おまけに、スーパー、映画館、ジム、多彩なレストラン、ショッピングモール、郵便局、銀行などへも歩行可能な距離という便利さ。故に、引っ越す理由が見当たらないし、そのエネルギーも、まして体力も既にない。一世一代、人生大決断の引っ越し、日本への帰国を企てない限りは、この地が終 (つい) の棲家 (すみか) になるのだろうか・・。(Belle)
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jinnno-san
お正月に愛知県の実家に帰った時のお話。私が育ったその家は区画整理で撤去され、御年◯◯歳の両親が2年前に50メートル後方に新宅を建てた。コロナ前以来の帰省となったわたしには、初めましてのお家だった 笑 玄関に入ったら新築の香り。お母さん自慢の空調システム完備! 前の家といえば、冬は食料を冷蔵庫/冷凍庫に入れるまでもなく、室内でも白い息が出るほどの 笑、底冷えする “昭和タイプ” だったけど、この家は、何と! スリッパを勧められても裸足でオッケ〜! 笑 旧家からお引っ越しをするのに、プロを雇うには微妙な距離。でも、お年寄りだけでは運べない、で、兄弟や、おじさんおばさんが手伝ってくれた、らしい。だからなのか、家の中が、、、何というか、、ズバリ言ってしまうなら、、センスない? 笑 お母さん曰く、ここは 「年寄りの家」・・・笑 屋内で一番面積を取っている、ご立派な台所のカウンターの上には、、ウェットティッシュ、タオル、箸、湯飲み、天然水、お櫃 (ひつ) (ご飯入り 笑)、、つまり、自分に必要なものは手の届く所に置いている。置いておかないと面倒!なんだって 笑 いいけどさ、孫 (彩雲) の描いたアニメ画と由緒ある日本画を並べないでくれる? 笑。ということで、帰米前夜、皆が寝静まった時間に、彩雲のアニメ画を洗面所の壁に貼ってきた。気づくかなぁ?? (イタズラしがいのある家 笑)。(りさ子と彩雲と那月と満星が姪)
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引っ越し・・。はっきり言って、こりごりだ。1年半前、現在の家に引っ越してきた時に、家財道具が全部入ったレンタルトラックごと盗まれて、何もかも失ったからだ。あの時は頭が真っ白になり、何をどうしたらいいのか、オロオロするばかりだった。1か月ほど滞在していたホテルから新築の家に転居する当日の朝に、トラックごと消えたのだ。新居に移って、荷物の整理などで慌 (あわただ) しくなるはずだったその日は、警察に被害届を出したり、必要物を買い揃えるのに忙しい日となった。空っぽの家に到着したはいいが、ベッドも調理器具も何もない。夕飯が作れないので外食で済ませ、床板の上で眠るのは嫌なので、とにかくマットレスと掛け布団を買い求め、2階のベッドルームにそれらを敷いて家族みんなで寝た。良い方へ考えるなら、荷物がないので物を移動させる手間が省け、家具も全て新品になったこと。しかし、当時はそんな精神的余裕などなかった。新しい隣人たちから「荷物を運び入れるのは大変ですね」と言われたが、「入れる荷物ないんです」と内心思いながら、笑って挨拶したのを覚えている。時が過ぎて、今では笑って話せるようになったが、それでもU-Haulのトラックを見かけるとモヤモヤする。あの日のことは、ずっと忘れられないだろうな。(SU)

(2023年2月1日号に掲載)