staffukandan2011116

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▽「葬」を意識する年齢になった。妻は私の家の墓には入りたくないらしい。幽霊屋敷と呼ばれた私の生家に恐れを成していると言う (10月16日号の閑談に書かなきゃよかった・・・)。考えてみれば、日本の家制度と墓の関係 (XX 家の墓) は、たかだか100年前の明治末期に出現した歴史の浅い伝統でしかない。夫婦別姓のご時世。今どき「家系」に縛られることもないだろう。▽満面の笑顔で遺影撮影、入棺時のファッション指定、死後の希望と人生回顧を綴るエンディングノート、共同墓地に埋葬される墓友 (はかとも) 募集など、現代人の 「終活」(人生最期の準備) には悲愴感が感じられない。とはいえ、葬儀費用は平均200万円+! 遺された家族の負担は少なくない。
▽縁起でもないが、81歳の母に葬式をどうしたいか尋ねてみた。火葬のみの
直葬はむしろ現代的 (経済的)。戒名・院号を加えたら50万〜100万円の増額。「格」より「値」を取っても、葬儀の「質」は同じと説明する自分は親不孝者? 自己嫌悪に陥る息子に意外な返事が——。「私の葬儀はプリペイドで生前予約済み。心配しなくていいのよ」。さすが、我が母上! 恐れ入りたてまつる〜。 (SS)




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▽冠:人並みに振袖を着て成人式に出席した。でも、成人してから、むしょうに勉強がしたくなった。高卒>銀行員>大学生>教員>留学生>情報誌と、あれからちょっと遠回りの人生を歩んでいる。▽婚:結婚式をニ度やったことがある。といっても相手は同じヒト。一度目は宝くじ永住権が施行された年で、「結婚すれば永住権取得の確率が倍になる」と言う弁護士のススメでラスベガスへ直行。チャペルで急ぎ結婚式を挙げた。砂漠の一本道を飛ばしたあの日が懐かしい。▽葬:86歳の父がエンディングノートなるものをしたためている。万が一の時に備えて、家族への伝言、介護、葬儀、お墓、相続のことなどを書き留めておくものだ。誰も避けられない死。その死と積極的に向き合う「終活」は日本でひそかなブームになっているらしいが、二人称になると、なんともいえない複雑な気持ちになる。▽祭:その昔、祖母が、元気な顔を見せに帰省するいわゆる “お盆” の過ごし方を分かりやすく教えてくれた。でも、アメリカに来てからは、遠方を理由にお墓参りをしていない。最近は、お盆になると、太平洋を挟んだはるか西の先祖代々の墓に向かって、静かに手を合わせている。 (NS)



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台湾 (私の出身地) → 日本 (私の第二の故郷) → アメリカ (永住地)。それぞれの国の冠婚葬祭スタイルはまったく違う! 数は少ないけれど、私はこの3つの国で結婚式とお葬式に参加したことがある。台湾の結婚式は服装の規定はあまりなく、とにかく “にぎやか=うるさい” + “お金とゴールドお祝い”!(想像つく?) 結婚式=お金儲けで〜す=ワイワイ騒ぐような儀式。残念ながら、私は台湾で結婚式を挙げなかったため、お金儲けはできなかった。日本式のお葬式は私にとって本当にフォーマルで、悲しむ気持ちよりも緊張感たっぷりな雰囲気で、どうしたらいいか分からない経験だった。アメリカの結婚式はカジュアルとフォーマルスタイルがあり、どっちも好き! 負担を感じない、気楽に参加できて、私の好みのスタイル! お葬式の方も、その方のライフをお祝いするような感じでステキだと思う。結婚披露宴をやらなかった私は、逝く時もお葬式を望まないようなシンプル人間で〜す。 (S.C.C.N.)



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いままで結婚式は、日本で1回 (従姉妹の結婚式)、アメリカで2回 (友達の結婚式) しか参加したことがない。短大卒業後、20歳の時にアメリカに来たので、高校、短大の友達はほとんどみんな、私がいない間に結婚してしまった。友達の晴れ姿を見られなかったのは残念だけど、どんどん結婚式に呼ばれるとご祝儀で大変そうなので良かったとも思う。この間、母が言っていたのだが、普通は親戚の間で結婚式があると、呼ばれる側の交通費は呼ぶ側が払うらしいのだが、うちの親戚はみな交通費を自己負担にすることに決めたそうだ。確かに、遠い場所で結婚式を挙げることになったら呼ぶ側は大変かも。私が遠いアメリカに住んでるので、母はこれでホッとしたらしいのだけど、結婚するのは一体いつ? 叔父さんの1人は “私の結婚式” でアメリカにくるのをすごーーく!楽しみにしているらしい。でも、まだまだ時間が掛かりそうなので普通に遊びに来た方がいいかも。 (YA)



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「こちらは私も妻も、息子もA子も元気です」。久しぶりに叔父に送ったメールの返信だ。A子って名前は記憶にない。誰かと聞いたら、嫁だという。昨年結婚したらしい。えーっ。聞いてないよぉ。親友B子の結婚の知らせも事後報告だった。別の親友C子からは、結婚するってメールはもらっていたけれども、挙式があったことを知ったのはずいぶん後。連絡くれれば、日本に帰ってお祝いしてあげたかったのになぁ。極めつけは、いつも良くしてくれた伯父ちゃんのセレモニー。久しぶりに里帰りしたら、伯父ちゃんはすでにお仏壇の中だった。ナンマイダブ〜。極めつけ2は親の法事。「この前ねー、あなたのお父さんのン回忌やっておいたわよ」と伯母ちゃんから連絡。えーどんだけ事後報告で済ますのかい! 祝儀&不祝儀代に加えて、飛行機代も高くつくけどさ、心配してくれる気持ちはありがたいけどさ・・・ひと言連絡して〜!  国際電話3分160円。国際郵便料金70円。EメールだったらFreeだよ。親戚一同から外された勘当娘のような扱いはもうゴメンだわ。 (AS)



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昨年のハロウィーン前週、SFに住んでいる義理の伯父が亡くなった。お葬式に参加するためサンディエゴを経つ前日、義母から電話で「彼は大のジャイアンツファンだったから、お葬式にはみんなジャイアンツ系の服で参加するのよ。間違っても正装なんか持ってきちゃだめよ」と念を押された。かばんからきちんとした服を取り出し、ジャイアンツのTシャツやユニフォームを入れた。そして、お葬式当日に到着した私たちを待っていたのは、大きな教会に入りきれないくらいの正装した親族や友人たち。どうやら、ジャイアンツ系はお通夜とお葬式後のセレモニーのことだったのを義母が勘違いしたらしい。「あなた達は遠くから来たからいいのよ〜」って言いながら、彼女はちゃっかり正装しているし・・・。300人以上の参列者の中、前から2列目の席をもらい、カジュアルにUGGブーツの私。何とも恥ずかしかった。ジャイアンツが勝ち進み、ワールドシリーズ真最中だったので、次の日は亡き伯父の家にみんなが集まり、これでもか〜と言うくらいの馬鹿騒ぎ。アメリカだなぁ。 (SSo)



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私は本当に冠婚葬祭からほど遠い生活を送ってきた。結婚式に出席したこともあるし、親戚や友人、昔の担任の先生に不幸があってお葬式に参列したこともある。ただ、それ以外のいわゆる冠婚葬祭の諸行事をほとんど経験していない。実家の家族アルバムを見ても、お食い初めや七五三といった行事のちゃんとした写真がない。自分の成人式の時も、地元の市役所主催の成人式に振り袖を着て出席する代わりに、念願の「タイ一人旅」に出かけていた。そういった祭事を世間一般と同じようにすることに関心が薄い両親の元に育った上、アメリカで生まれ育った夫と一緒に生活しているせいか、今の私は日本の冠婚葬祭からさらにかけ離れた生活を送っている。ただ、周りの友達が子供の七五三の写真の話などをしているのを聞いて少々あわてたのも事実。着飾って記念写真を撮るという形式的なことは横に置いて、日本の伝統的な行事についてこのまま何も知らないばかりではちょっとさびしい。昔の人たちが人生の節目に、どんな思いでそれぞれの行事を執り行ってきたのか、思いを馳せるだけでも良いのかもしれない。 (RN)



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幼少の頃 (?) に米国に来たので、大人になってからの冠婚葬祭への参加が
なんと一度しかない。お姉ちゃんの衣裳を何回も替えるタイプの結婚式だけ。大人になってから日本で初めての結婚式参加だったので、要領が分からず、お姉ちゃんに「行けるかどうか分からないから、席取ってくれなくていいし、披露宴は立ってるから大丈夫」と言ったら、「あんた、そんなのダメダメダメ〜ッ。ニッポンの結婚披露宴で、ホテルの式場でつっ立ってる人なんか、仲居さん除いて一人もおらんわ!」(*注:いない!の意=名古屋弁) と一喝された。意味が分からず、「何で?料理だって誰かのつまませてもらえばいいしー」と私。結局、参加したけど、指定されたハズの席をとっくに抜け出し、冠婚葬祭でしか再会できない親戚のおじちゃん・おばちゃんは当然のことながら、姉・義理兄の全く初対面の友人たちの席へお邪魔しては、自己紹介兼ベラベラお喋り。メキシコ (&ラテン風) の結婚式しか経験したことがなかったので、狂ったように皆が踊り出すこともないニッポンの結婚式風景が、芸能人のディナーショーみたいに感じたのはうちの血統では私だけでしょう。。(ワタシどこの子?) (満星と那月と彩雲のおば)



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20 代はだいたい留学と仕事でアメリカに滞在していたので、ほとんどの友達はその間に結婚してしまい、結婚式というものに出たのは、30代になって
日本に一時帰国している最中に結婚した、高校時代からの親友の時が初めてだった。おまけに「披露宴で友人代表としてひと言お願いします」と招待状にあったため、どれほど欠席にしようかと思ったことか・・・。マナーもよく知らない私なので、結婚式当日は 「友人代表のひと言」ばかりが気になり、緊張しっぱなし。美味しそうな食事も食べにくいと思ったら、ナイフとフォークの持つ手を間違えていた。結局、スピーチはインタビュー形式で、司会者から簡単な質問をされるだけで済んだので、恥をさらさずにすんで「ホッ」。今となれば友達の綺麗な姿も見れたし、とても良い思い出となった。実は、お葬式もまだ経験がなく、これまた正式なマナーを知らない。お焼香とか。昔、オスマン・サンコンさんが並んで待っている時に、前の人が額に焼香を押し頂いてくべている姿を後ろから見て、食べていると思って口に入れ、「ご愁傷様です」 を「ご馳走様です」と言ってしまったらしいが、私も同じことをしてしまいそうで笑ってはいられない・・・。 (SU)



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(2011年11月16日号に掲載)