Saturday, 31 May 2025

宝物

 

宇宙への扉を開いてくれたのは、父の手作りによる天体望遠鏡。父には悪いけれど、屈折式経緯台の簡易版とは言えたものの、ファインダーは付いてないし解像度も低かった。まあまあ月面観測はできても、土星のリングをキャッチするのは無理。「宝物」と呼べない望遠鏡は子供部屋の「飾り物」となり、悲惨な末路をたどる。相撲を取っていた私と弟が望遠鏡に激突し、真っぷたつに折れた。父の逆鱗 (げきりん) に触れて2人は家の外に出された。高校1年の秋、某光学機器メーカーの工場で購入した反射式赤道儀 (口径100mm)。これこそ「宝物」。ところが、架台に選んだ鉄柱の重量がハンパなく (キャスターなし)、マンションの屋上に固定したまま動かせない (今もそのまま)。やむなく野外用のカーボン三脚も買い、観測用具とテントを自転車に括り付け、郊外に出て組み立て作業を始める。暗がりではラーメン屋台の設営に見えたらしく、酔っ払いが何度も近寄ってきた。「天体観測です」と反応すると「気取ってんじゃねぇよ!」と絡まれることもしばしば。「すいません! 閉店なんで、またあした!」と煙に巻いて、次の日は場所を変えた。星空を眺めながら深夜放送も聞いた。当時の人気DJ落合恵子さんから頂いた自筆のイラスト入り返事。これも「宝物」の一つ。 (SS)
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▽メンコ、ビー玉、牛乳のフタなど、子どもの頃、たくさんの宝物を集めていた。溢れんばかりの戦利品をみかん箱から取り出して、得意げに見せびらかして喜んでいた。「本当に男勝りだよ。大切なモノ、お腹の中に忘れてきたんだよね」と、家族が苦笑いしていた。▽アメリカに来るとき、東京のアパートの荷物を実家の店の倉庫に置かせてもらった。「ごめんね〜。暴走族のタバコの不始末で荷物が燃えてしまったのよ」と母から国際電話があった。お気に入りのレコード、アルバム、着物、千趣会で集めた嫁入り道具など、10年間の青春の宝物がぜんぶ消えてしまった。でも、時間の経過がそうさせたのか、あまり悲しくなかった。▽「すごい豪邸だったよ。使い込んだ料理道具、銀の食器、手作りのジュエリーや洋服、すべてが彼女の宝物なんだって」と、ラホヤに住む知人の暮らしぶりを説明したら「おしゃれで繊細!? あなたにはムリでしょう。なんせ男前だから」と旦那が爆笑した。確かにムリだと思った。▽母はゲラゲラよく笑う人だった。祖父の商売が傾いて、人一倍苦労したはずなのに、磨き抜かれたユーモアのセンスを炸裂させて、周囲を元気にしてしまう不思議な力を持っていた。そして、いつの頃からか、自分も母の文化遺伝子を受け継いで、珠玉の笑いとユーモアが人生の宝物となった。(NS)
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人によって、お金で買うことができる、手に入れられる、ビジネス、家、車、、、などは現実的な宝物になるかもしれないが、私にとって大切な宝物は「記憶」かも。母が亡くなってから、毎週土曜日に母国の台湾にいる父との “電話デート” を続けている。「昔はこれ、あれ、いろいろな人に会って、いろいろなことがあった、、、お母さんが病気の時は、、、あなたたちが子供の頃、、、パパが自分の会社を設立する前に、、、日本へ留学の時、、、昔の台湾は、、、」と、いろいろな話をお父さんから聞いていた。20歳で台湾の実家を出て、日本とアメリカでの外国生活が非常に長い私にとって、こんなに父と仲良くなれて深い話ができるのは、自分でもとても不思議に思う。昔、いつも母と話していて、あまり父と会話する機会がなく、今になって、やっと父のことが理解できたような気がする。父の記憶は私の大切な記憶になり、何とも言えない幸せを感じる。いくつ年を取っても、大切な記憶をそのまま残してほしい! いつまでも覚えておきたい!  (S.C.C.N.)
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yoko
キレイな色と形の落ち葉、河原で拾った白い小石、桜貝の貝殻、自分で作った押し花のしおり、誰かからお土産でもらった星の砂の入った小瓶、お土産屋さんで売っているつるつるした紫の石、小さな珊瑚 (さんご) の付いたネックレス、祖父からのお土産の色が変わる石 (?) の付いたペンダント・・・子供の頃はいろいろな細々したものが宝物だった。それらを、誕生日に買ってもらったクマの付いたオルゴールの引き出しに入れていた。そのオルゴールは引き出しを開けると音楽が鳴り、引き出しの上に付いたクマの人形がお辞儀をする仕様になっていた。どれも大事にしていたはずなのに、いつの間にか宝物ではなくなっていた。里帰りしたとき、自分が使っていた部屋にクマのオルゴールがまだ置いてあった。うっすら埃 (ほこり) をかぶって薄汚くなったクマを懐かしく眺めた憶えがある。そのまま部屋に置いてきたあれはまだあるだろうか。今は、私にとってかけがえのない存在はやはり子供たちだ。いくつになってもずっと可愛いと思う。(YA)
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▽宝物と言えるかどうかわからないけれど、ずっと捨てられずに持っているものがいくつかある。その一つが、中学生の頃、友達と放課後の理科室で、苛性ソーダを使って葉肉を溶かして葉脈だけにしたもの。なんの葉っぱかわからないけれど、葉脈だけになった葉っぱはアート作品のようで美しい。それを木の箱に入れてずっと持っている。アメリカに引っ越してくるときも持ってきてしまった (!)。ずっとしまってあったのを娘が見つけて、その繊細な美しさに魅かれたらしく、今は彼女が持っている。母から娘に引き継がれた葉脈。飼っている猫と同じ匂いがするらしい。
▽我が家のリビングの壁に飾っている父の版画。元々は実家の玄関に飾ってあったもの。夫が気に入っているのを知っていた両親が、私たちにプレゼントしてくれた。かなり大きな作品なので、国際便で送付する手配が大変だったらしい。ニワトリと思われる鳥を抱いた人が大きく描かれたその版画。背景には地層が広がる。いも虫みたいなのもいるし、魚の骨みたいなのもある。父は何を言いたかったのかなと思いを巡らせてしまう。私たちの大事な宝物だ。 (RN)
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この世で形のないもの (例えば、心とか恋愛関係、友情関係とか) だって、壊れることは多々なのだから、まして形のあるものは、必ずと言っていいくらい壊れる、無くなる。という私の持論から、モノに対してあまり執着を持たない。高価な貴金属にも全く興味がない。心から好きになった人から贈られて、その当時は宝物のように扱っていたものも、その人と別れれば、ただのモノ。どころか、逆に嫌な記憶を思い出させる悪者と化す。物に使うお金を最小限?にくい止め、そのお金を形のないもの、思い出作りに使う。旅行である。いつか自分に問うたことがある。「私は何故に、何かに駆り立てられるように、旅行に出かけるのか」。そして辿り着いた答えが 「老いを感じ、行動の自由を失った時、ロッキングチェアにでも揺られながら、わが旅の記憶に浸って、心豊かに過ぎゆく時を楽しむ。そのための思い出作りを、今一生懸命やっているのである」と。日常の時間は記憶にはほとんど残らないが、非日常である旅行での日々はかなり鮮明に記憶にとどまる。その量が多ければ多いほど、わが老後の心は充実したものになるであろう。そう、私の宝物は、ずばり「旅の思い出」である。その記憶を薄れさせないために、今せっせと、人生で出かけた海外旅行の全記録を整理している。 (Belle)
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jinnno-san
タカラ、といえば! 真っ先に頭に浮かぶのが、まだまだ若かった (小さかった 笑) 頃に手にした、昭和のポップな黄色のデザインの、タカラ缶チューハイ!(笑)。衝撃的だったなー。缶の中にカクテル的な飲み物がすでに出来ていて、手軽に買えて家飲みできるなんて。でも、さすがに酒は、お宝ではないな (笑)。お宝といえば、ニッポンを代表する大泥棒、ルパン三世を思い浮かべるでしょう (笑)。お宝のある場所にルパンあり! こりゃ名作アニメだよねー。ルパン三世を知らない人でも、これは知ってるかも? 2020年ルパン関連作といえばテレビドラマ「ルパンの娘」。秘宝やお宝を探して次々と盗むんだけど、悪党が入手したお宝しか盗まず、盗むときのお決まりのセリフ「ここで会ったが運の尽き、あんたが犯した罪、悔い改めな!」で、平手でぶん殴る (笑)。これが、昭和っぽくって、ばっからしくて超オモシロい! でも、、絵画や宝石のお宝って、家に飾っておくだけでは、ご飯は食べていけないじゃない。このルパンの娘の一族は、どうやって生活してるんだろう、、と現実的なことを急に考え出しているわたしのお宝は、、ずっと戸棚に眠っている1997年製のナパバレーのシャルドネよ!(あ、白ワインね) (コレ食べらんないじゃん!笑) (・・・さすがに酒は、、お宝だった!爆)。(りさ子と彩雲と那月と満星が姪)
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子どもたちに今一番大切にしている宝物は何か聞いてみた。長女は買ったり拾ったりして集めたお気に入りの石や、「Hatchimales」という小さな動物たちのコレクション。次女は大好きなお友達からもらったバースデーカードだという。聞いておいてよかった・・。どれもよく部屋のあちらこちらに散らばっているものなので、続くようなら、こっそり捨ててしまおうかと思っていたものばかりだった。私の宝物は・・なんだろう? あまり思いつかない。子どもたちが私のために描いてくれた絵やイラスト、昔、描き貯めた4コママンガ、写真などなど。どれもお金で何とかなるようなものではないが、やはり、これらは失くしたくないものかな。そういえば、私は実家の母の「宝箱」(年季が入った段ボール箱) を知っている。その中には、昔、父が海外から買ってきた香水や装飾品が入っている。たまに開けて見せてくれたが、中に入っている香水はすでに乾いており、ほとんど残っていなかった。それでも、まだ大事そうにしまっている。でも、その気持ち、少し分かる。嬉しいと勿体なくて使えないのだ。私は買ってきた服なんかも汚すのが嫌で、すぐに着ないで、ちょっと置いてから身に着ける。そんな感覚に似ているのかも。あれ、ちょっと違うか? (SU)

(2020年11月16日号に掲載)