金 一東
日本クリニック・サンディエゴ院長 |
|||
肺塞栓症 |
|||
肺塞栓症は、以前はエコノミー症候群という名で大きく報道され、有名になりました。 長時間、飛行機のエコノミー席に座ると、窮屈なのであまり脚を動かさなくなる結果、脚に血の塊り (血栓) ができ、それで肺塞栓症になりやすくなるということなのですが、これは何もエコノミー席の人に限られたことではないので、あまり正確な命名とは言えません。 アメリカでは年間30〜60万人程度の人が肺塞栓症になり、5万人以上の人が亡くなっています。ただし、重症の肺塞栓症はここ25年で3分の1程度までに減少しました。 肺塞栓症は、アメリカ人に比べて日本人には少なく、死亡率も少ないのは確かですが、最近の報告では、整形外科などの手術後による肺塞栓症の発症率は欧米も日本も変わらないようです。 肺塞栓症で死に至るケースでも、肺塞栓症として治療されていたケースは10%以下にすぎません。 なぜ見逃されることが多いのかと言うと、それは診断が難しいからです。 胸痛、息苦しさ、咳など症状はいくつもありますが、どれも肺塞栓症に特有の症状ではなく、診察上も、呼吸が速いとか、肺音の異常が挙げられますが、それも肺塞栓症に特有ではありません。 胸部X線も心電図も診断の決め手にはなりません。
肺塞栓症とは? 肺塞栓症は、肺の動脈が突然詰まってしまう病気で、ほとんどの場合、脚 (下肢) の深部静脈にできた血栓が、血液によって右心房、右心室を経過し、肺まで運ばれて肺の動脈の一部を詰まらせることによって起こります。 血栓が肺動脈に詰まると、血液がそれ以降の末端部位に流れなくなります。 その結果、肺での酸素と二酸化炭素の交換が効率的に行われなくなるので、血液中の酸素濃度が下がってきます。 体内の酸素濃度の低下が原因で、他の臓器までダメージを与えてしまいます。 適切な治療が行われないと約3割の人は亡くなってしまいます。 そして、亡くなる人の大半は発症から数時間以内に死に至ってしまうのです。 早期発見、早期治療を行うと生存率を上げるだけでなく、合併症になる率も下がります。
この2つの病気を合わせて静脈血栓塞栓症 (VTE=venous thromboembolism) と呼ぶことがありますが、DVTの一番の原因は、長時間体を動かさないということです。 例えば、自動車や飛行機での長時間の旅行、ベッドでの長時間の臥床 (がしょう)、手術などです。 長時間脚を動かさないと、静脈の血液の流れが悪くなって血栓を形成しやすくなります。 他に血栓形成の原因としては、先天的・後天的に血液が固まりやすい病気があります。 血栓以外にも、空気、がん細胞、羊水、他の体の組織、あるいは大きな骨の骨折時に出る骨髄内の脂肪も肺塞栓症の原因になります。
肺塞栓症のリスク
他の症状としては、咳、喀血、頻脈 (脈が速い)、ふらふら感、発汗などです。脚のDVTの症状としては、脚の腫れ、痛み、熱感、皮膚の色の変化などです。 肺塞栓症で、血栓が大きい場合や多くの血栓が詰まった場合は、ショック状態や死につながります。
肺塞栓症の検査
ドップラー超音波検査では脚の深部静脈の血栓の有無を調べます。 肺塞栓症のほとんどの原因がDVTなので、DVTが存在して肺の症状があると、肺塞栓症の可能性は高くなります。 CTは肺塞栓症とDVTの両方の診断に使われます。 CTによる肺動脈造影も行われます。 静脈に造影剤を注射して行います。 肺シンチグラム (VQ scan) は、少量の放射性物質を吸って画像を撮り、その後に少量の放射性物質を静脈注射し、再び画像を撮り評価します。 肺動脈血管造影は、他の検査方法で診断がつかない場合に行われる最も確実な検査法ですが、出血などの合併症があるため、肺塞栓症の疑いが強い場合にしか行われません。 大腿の内側や腕の血管から細いカテーテルを肺まで挿入し、造影剤を注入してX線で血栓を映し出します。 血液検査による D-dimer (ディーダイマー) 検査は血管内に血栓ができると値が高くなってきます。 ただ、それ以外の原因でも値が高くなるので、値が高いと血栓症の可能性が高くなりますが、肺塞栓症や DVT の診断のためには他の検査法が必要になってきます。 ただ D-dimer が正常の場合は、肺塞栓症や DVT の可能性は極めて低くなります。 それ以外の検査は肺塞栓症の診断のためというよりは、それ以外の病気の除外のために行われます。胸部X線、心エコー、心電図などは肺や心臓の病気を除外するために行われます。 MRI は肺塞栓症の診断でも使われますが、それ以外の病気の除外にも使われることがあります。
肺塞栓症の治療
肺塞栓症の治療の原則は抗凝固療法です。 これは血液を固まりにくくする薬物を利用して、すでにある血栓が大きくなるのを防ぐのと同時に、他の部位に血栓ができないようにする目的で使われます。 血栓自体は時間がかかりますが、自然に吸収されていきます。 抗凝固療法に使われる薬には経口薬と注射薬がありますが、経口薬は効果が出るのに数日かかるので、治療は経口薬と注射薬を同時に始めます。 そして、経口薬の効果が現れた頃に注射薬を中止します。 経口薬には、ワーファリン (商品名:Coumadin クマディン)、注射薬にはヘパリンか低分子量ヘパリンが普通使われます。 妊婦にはワーファリンは禁忌なので、ヘパリンだけが使用されます。 ワーファリンによる治療は、肺塞栓症のリスクが存在する場合は3〜6か月服用しますが、すでに静脈血栓塞栓症になったことがある人や、リスクが存在しない人は永久に服用します。 最近ではワーファリン以外の経口薬も使われます。 ワーファリンを使用する場合は、定期的に血液検査をして、国際感度指数 INR が 2.0 から 3.0 になるように量を調整します。 ワーファリンはビタミンKがあると効果が弱まるので、ビタミンKの多く含まれている納豆、クロレラは食べないようにし、濃緑野菜は食べ過ぎないようにします。 また、ワーファリンの副作用による体内からの出血は致死的になることがあるので、定期的なモニターは非常に重要です。 血栓溶解療法は血栓を溶解する治療法ですが、出血の副作用があるので、命に関わる重症の場合にのみ行われます。 大腿内側の血管からカテーテルを挿入して、血栓を吸引ないし破砕して直接除去するか、血栓溶解剤を直接血栓に注入する方法もあります。 血栓摘除術の外科的治療は稀 (まれ) にしか行われません。 他の治療としては、下大 (かだい) 静脈での血栓フィルターの留置、弾性ストッキングの装着、下肢の間欠的空気圧迫法などがあります。
肺塞栓症の予防
肺塞栓症の予防は、何よりも DVT を予防するということです。 長時間座ったり旅行するときは、下腿をよく動かし、飛行機の中では1時間毎に歩いたり、足の運動をします。 長距離ドライブの時も1時間毎に休憩し、足を動かします。 手術や病気での長時間臥床後は、なるべく早期にベッドから離れて動くようにします。 手術後は医師の指示に従って、血栓予防のための薬を服用します。 また、水分を十分取って脱水しないようにしましょう。 |
|||
この記事に関するご質問は日本クリニック(858) 560-8910まで。 | |||
(2013年7月1日号掲載) |