アメリカでは新型コロナワクチンの接種が昨年12月に始まり、新規感染者数も減少傾向にあるので、新型コロナ感染症の終焉 (えん) も視野に入ってきた ——— と言いたいところですが、今度は変異株の問題が浮上してきました。
英国、南アフリカ、ブラジルなどから新型コロナウイルスの変異株が出現して、感染性の増加や、ワクチンの効果低下などの懸念が世界中に広がっています。
2月19日時点で、英国株、南アフリカ株、ブラジル株などすべての変異株がアメリカ国内で確認されています。
最近では、カリフォルニアを中心にウエストコースト株 (CAL.20C) の報告もあります。
ウイルスの変異
ウイルスは時間の経過と共に変異を繰り返すので、ウイルスの変異自体はめずらしい現象ではありません。
インフルエンザウイルスは約1週間に1回、新型コロナウイルスは約2週間に1回程度の割合で変異を繰り返しています。
変異株は出現し、そのまま消えていくのもあれば持続していくのもあります。
多くの変異は、ウイルスの感染性や重症化などにまったく関係がありません。
これまでにもいろいろな変異株が世界中で報告されてきました。
そうした中で、英国株、南アフリカ株、ブラジル株が注目されるのは、これらの変異株が感染性を増加させたり、ワクチンなどの免疫を回避する (逃避変異) のではないかという懸念があるからです。
新型コロナウイルスは、コロナウイルスというウイルスファミリーの一つで、王冠 (コロナ) に似たスパイク (突起) を表面に持つのでこういう名前が付いています。
研究者は、そのスパイクを含めたウイルスの変化をモニターしています。
こうした研究は、ウイルスの遺伝解析 (ゲノム解析) を含み、ウイルスの変化がどのように感染様式や感染した人に影響を及ぼすのかを調べています。
新型コロナウイルス変異の様式
新型コロナウイルスは一本鎖 RNA (リボ核酸) を持つRNAウイルスで、遺伝情報はそのRNAにあります。
RNAはヌクレオチドというもので構成されていますが、その主要な成分が4種類の塩基です。
この塩基の配列によって遺伝情報が決まります。新型コロナウイルスにはこの塩基が約3万個あります。
ヒトの体内に侵入した新型コロナウイルスは、表面のスパイク (スパイクタンパク質=Sタンパク質) によってヒトの細胞表面のACE2受容体に結合し、細胞内にウイルスのRNAを侵入させ増殖します。
その増殖には、ウイルスのRNAの塩基配列がコピーされるわけですが、間違えてコピーされることがあります。
これが変異です。
この間違ってコピーされた遺伝情報に基づいてウイルスのタンパク質が作られると、ウイルスの感染性や、性質の変化につながることがあります。
例えば、Sタンパク質の塩基配列が変わって、間違ったSタンパク質が出来上がると、ACE2受容体に結合しやすくなることもあります。
そうするとウイルスはより感染しやすくなるのです。N501Yという変異がその一例です。
新型コロナウイルスのゲノム解析とサーベイランス(監視)
新型コロナ感染症が2019年に中国で発生して以来、世界中で、そのウイルスの遺伝情報の解析 (ゲノム解析) が世界中で日夜行われてきています。
まず、昨年1月15日には、中国の複数の研究所がシドニー大学の協力を得て、新型コロナウイルスのゲノム解析の結果を世界に公表しました。
これは新型コロナウイルスの約3万ある塩基配列を解析したのでした。
このゲノム解析の結果によって、新型コロナのPCR検査や、ワクチンの開発が可能になったのです。
そのゲノム解析の後も、英国を始めとする各国で新型コロナウイルスの変異のサーベイランスが行われてきています。
これは、PCR検査で陽性になった検体の何パーセントかをゲノム解析に回して、遺伝情報の変異が起こっているかをモニターするのです。
感染が流行しているウイルスのゲノムの主要な変異をモニターすることは非常に重要です。
この世界で行われている新型コロナウイルス変異のサーベイランスの情報の多く (約4割) が英国から来ています。
従って、英国で最初の重要な変異株が発見されたのは偶然ではありません。
世界で問題になっている主な変異
★ B.1.1.7 (英国株)
この変異株は、昨年秋頃から英国で広がり、多くの変異を持っています。従来の新型コロナより、より簡単に早く広まることが確認されています。
今年1月には、この英国株はより高い致死率を起こすのではないかと報告されました。
この英国株はアメリカでも昨年12月に確認されていますが、他の国でも86か国で確認されています。
英国株は、スパイクタンパク質がACE2受容体と結合する501の部位がN501Yという変異を起こしています。これにより新型コロナが感染しやすくなるのです。
★ B.1.351(南アフリカ株)
この変異株は昨年10月に南アフリカで確認され、英国株といくつかの共通の変異を持っています。
アメリカでは今年1月下旬に確認され、他に43か国で報告されています。
ザンビアではこの変異株が新型コロナ感染症の主な原因になっています。
現時点では、この変異株が従来の新型コロナより重症化するという報告はありません。
ただ、E484Kというスパイクタンパク質の変異がモノクローナル抗体や免疫反応を低下させる (逃避変異) ことがあるのではないかと示唆されています。
★ P.1(ブラジル株)
この変異株は、今年1月上旬、羽田空港でブラジルからの4名の渡航者に確認されました。
アメリカでは1月下旬に確認されています。世界では15か国に波及しています。
この株は17の変異を起こしており、新型コロナウイルスがACE2受容体に結合するスパイクタンパク質の3箇所にも変異を起こしているので、自然感染やワクチンに対する逃避変異によって再感染リスクやワクチンの効果低下が懸念されています。
ブラジルのアマゾン地域にあるマナウス市は昨年10月に住民の約75%が感染し、集団免疫に達したのではないかと考えられていましたが、昨年12月中旬に再び新型コロナの大きな集団感染があり、その原因となった新型コロナウイルスの42%がP.1だったと報告されています。
1月にはこの比率が85.4%にまで上昇したとのことです。
この3つの株に共通したD614Gという変異がありますが、この変異があると、現在世界中を席巻している新型コロナウイルスよりも早く感染拡大すると考えられています。
より多くの感染者が出る可能性があります。
これまでの研究では、既に実施されている新型コロナワクチンは、これらの変異株にもある程度効果があるということです。
変異株の問題点
新型コロナウイルスの変異株については分かっていないことが多くあります。
こうした変異株がより感染力があるのか、感染すると症状はより重篤化するのか、逆に軽くなるのか、現在の検査方法で検査できるのか、現在使われている治療法、例えばモノクローナル抗体や回復期血漿 (けっしょう) などで効果があるのか、自然感染やワクチンによる免疫で効果があるのか。
現時点で分かっていることは、現在のPCR検査は変異株でも反応します。
自然感染やワクチンによって獲得した免疫はこれらの変異株に対しても効果があるようです。
ワクチン接種が広まると、ウイルスに選択圧がかかり、逃避変異する変異株が出現する可能性が出てきますが、現時点ではそのような変異株は出現していないようです。
今後の対策
これまで同様、ワクチン、他人との距離、マスクの着用、手洗い、隔離などが新型コロナ感染症を防ぐ方法に変わりありません。
CDC (米国疾病予防センター) は、昨年11月より大規模な新型コロナウイルスのゲノム解析を行ってきています。
州の保健課、公衆衛生機関、民間の検査会社、大学などと提携して、CDCで週に750サンプルのゲノム解析をし、民間の大きな検査機関では週当たり約6,000件のゲノム解析を行っています。
こうした大規模な変異のゲノム解析サーベイランスで今後より多くの情報が蓄積し、変異株に対し、より適切な対策ができていくのではないかと思います。
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