モンデール元駐日大使死去 カーター政権で副大統領

2021年4月21日

民主党のカーター政権で副大統領クリントン政権で駐日米大使をそれぞれ務めたウォルター・モンデール氏が4月19日、ミネソタ州ミネアポリスで死去した。

93歳。

米メディアが家族の話として報じた。

死因は明らかにされていない。
 

駐日大使時代の1995年、沖縄県で起きた米兵による少女暴行事件を契機に反基地運動が高まる中、沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場の返還合意に尽力。

1996年4月に当時の橋本龍太郎首相と共に合意を発表した。

沖縄県の大田昌秀元知事、翁長雄志前知事が死去した際には追悼の言葉を表明した。
 

日米間の経済的懸案では、半導体と保険の2分野で協議を促進。

副大統領時代に米国史上最悪の原発事故となったスリーマイルアイランド事故を経験。

福島の原発も視察した。
 

リベラル派として知られ、1984年の大統領選に民主党候補として出馬。

主要政党で初めて女性を副大統領候補に選んだが、保守派の共和党候補レーガン大統領に歴史的大敗を喫した。
 

1928年、ミネソタ州セイロン生まれ。

同州司法長官を経て、1964年に36歳で上院議員に就任。

1977年発足のカーター政権で副大統領に就いた。

副大統領として初めてホワイトハウスに執務室を構え、カーター大統領とともに内政、外交に取り組んだ。
 

カーター氏は死去を受け「米国の歴史上、最高の副大統領だった」とたたえる声明を発表。

バイデン大統領も声明で「最も献身的な愛国者だった」と弔意を示した。


*写真は1984年の大統領選に民主党候補として出馬したモンデール氏 (1984年2月15日=ワシントンDC)

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(2021年5月1日号掲載)