2024年5月1日
巨大な製鉄所跡は赤茶色に錆 (さび)、周囲に廃屋が並ぶ。
大統領選で激戦州となるペンシルベニア州ピッツバーグ。
鉄鋼業からハイテク産業への転換に取り残された労働者たちは「政治に見捨てられた」と悲嘆に暮れ、民主党のバイデン大統領と
共和党のトランプ前大統領のいずれに期待するべきか悩んでいる。
▽苦境
殺人事件の犠牲者を悼む道路脇の花束が、地域衰退に伴う治安悪化を物語っていた。
郊外の川沿いに朽ちた工場や樹木に覆われた空き家が幾つも佇 (たたず) む。
「俺たちの仕事は国外に流出したままだ」。
4月16日、閉鎖した製鉄所の元労働者フィリップさん (69) は憤りを隠さなかった。
人口約30万人で、鉄鋼の世界最大手だったUSスチール (US スチール) も本社を置くピッツバーグは、ラストベルト (錆びた工業地帯) を代表する街だ。
最盛期には米国の鉄鋼生産の6割前後を占めたが、割安な外国製品に押され、1970年代以降は倒産が多発。
ハイテク産業誘致で再興したが、置き去りになった労働者は多い。
国の発展に貢献しているとの自負を胸に仕事に励んでいたフィリップさんも解雇され、ペンキ塗りや運転手の職を転々とした。
歴代政権は労働者の苦境に目を向けないと感じていたが、2016年に「米国第一」を掲げるトランプ氏が当選。
「強いリーダーが誕生した」と感涙した。
同盟・友好国にも率直に軍事費の負担増を求める姿に留飲が下がった。
周囲には議会襲撃事件などで起訴されたトランプ氏を嫌う労働者も少なくないため、普段は政治や選挙の話題を控えている。
今回もトランプ氏に投票する考えだ。
▽誇り
「米史上、最も労働組合寄りの大統領であることを誇りに思う」。
バイデン氏は4月17日、ピッツバーグにある全米鉄鋼労働組合 (United Steelworkers=USW) の本部で日本製鉄のUSスチール買収に反対する姿勢を誇示した。
歓声を上げて迎えた組合員ローレル・クラリティさん (56) は、祖父の代から鉄鋼業界で働く。
賃上げに取り組んできたバイデン氏を評価し「行動は言葉よりも雄弁」と話す。
物価高や中国製鉄鋼との競争で、仕事も生活も苦労が続くが、改善の兆候を感じている。
「米国を支えてきたのは鉄だという事実を忘れないでほしい」。
1980年代に閉鎖した製鉄所跡の見学ガイドを担うマイク・リッカートさん (66) は、地元の誇りである鉄鋼業を政治が支えてほしいと願う。
誰に投票するかは決めかねている。
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▪︎ ラストベルト(Rust Belt =錆びた工業地帯):かつて鉄鋼、石炭、自動車を中心とする製造業が興隆したが、ハイテク産業の誘致や工業衰退により経済的に苦しんでいる地域。ペンシルバニア州、オハイオ州、ミシガン州、インディアナ州、イリノイ州などが含まれる。失業率上昇、人口流出、都市荒廃などが顕著で、経済的な再活性化が喫緊の課題。ラストベルトの経済状態は大統領選挙を左右する。候補者は以下のテーマを掲げることが一般的だ。①雇用創出:新産業への投資。特に、クリーンエネルギーや技術関連産業への支援を通じて、持続可能な雇用機会の創出。②教育・訓練プログラム:地域労働力が新産業の需要に応じられる技能習得を支援。③インフラ投資:公共輸送、道路、橋梁などの基盤整備を強化し、経済活動を促進。④貿易政策:地域産業を保護し、競争力
を高める通商ポリシーの見直し。大統領選挙ではラストベルトの経済問題に対して具体的かつ実現可能な解決策を提示できるかが、選挙の行方を決定する重要な要素となる。
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(2024年5月16日号掲載)