Friday, 19 April 2024

1962年のキューバ危機、核攻撃命令を疑った米沖縄部隊

1962年のキューバ危機、核攻撃命令を疑った米沖縄部隊

一触即発、現場判断で発射回避、元米軍技師らの証言で明らかに

2015年3月15日


cuban crisis冷戦下の1962年、米ソが全面戦争の瀬戸際に至ったキューバ危機の際、米軍内でソ連極東地域などを標的とする沖縄のミサイル部隊に核攻撃命令が誤って出され、現場の発射指揮官の判断で発射が回避されていたことが3月14日、同部隊の元技師らの証言で分かった。

キューバ危機で核戦争寸前の事態が沖縄でもあったことが明らかになったのは初めて。

ミサイルは核搭載の地対地巡航ミサイル「メースB」 で、1962年初めに米国施政下の沖縄に配備された。

運用した米空軍第873戦術ミサイル中隊の元技師ジョン・ボードン氏 (73) = ペンシルベニア州ブレイクスリー在住 = と別の元米兵が証言した。

ボードン氏によると、メースBは配備以降、読谷村の発射基地で、同氏らが連日検査して24時間体制で発射命令に備えた。

1962年10月28日未明、嘉手納基地ミサイル運用センターからボードン氏が担当するミサイル4基の発射命令が無線で届いた。

しかし、4基の標的情報のうち「ソ連向けは1基だけだった」ため、「なぜ関係ない国を巻き込むのか」と疑問の声が上がった。

別の標的国を同氏は明らかにしていないが、2,200キロ超のミサイルの射程から中国とみられる。

また、米軍の5段階の「デフコン (防衛準備態勢)」が1 (戦争突入) でなく2 (準戦時) のままだった。

不信に思った発射指揮官が、発射作業を停止させた。

後に命令は誤りと分かったという。

誤った命令が出た経緯は不明だが、10月28日 (米東部時間27日) はキューバ上空で米軍偵察機が撃墜され、緊張が最も高まった時期で、米軍内に混乱があったとみられる。

ソ連がキューバに核ミサイルを搬入して米国が反発したキューバ危機では、ソ連潜水艦が核魚雷を発射する寸前になる事態があったことが、ソ連崩壊後に明らかになった。


(2015年4月1日号掲載)