5/5/2023
パソコンやスマートフォンなどの普及で手書きの機会が激減し、漢字を手書きしようとしてもすぐに思い出せない人も多いのではないだろうか。
ましてや海外に長年暮らしていると、直筆で漢字を書く必要に迫られることもなく、忘却の彼方 (かなた) に追いやられてしまう。
だが、漢字と認知機能に関する研究を行う専門家は「漢字を覚えていても、使わなくなると想起する能力が鈍くなる」と注意を促し、漢字の手書きの習慣を取り入れることを奨めている。
京都大大学院・医学研究科臨床神経学 (脳神経内科) の葛谷聡 (くずや・あきら) 准教授は認知症の主な原因疾患であるアルツハイマー病患者を対象に、漢字と認知機能の関係について研究している。
脳脊髄液の検査で原因物質の蓄積が同程度だった軽度のアルツハイマー病患者同士で比較すると、漢字を思い出して書く能力が高い人は認知機能障害の程度も軽かったという。
手書きの習慣が多いか少ないかでも、認知機能の低下の進行に差が出てくる可能性があるという。
「手書きが特定の認知機能を活性化し、進行を遅らせる効果を発揮しているかもしれない」と葛谷准教授。
軽度の物忘れの患者を対象とした漢字の手書きの効果について、本格的な研究も進めている。
「超高齢社会の中で、認知症の発症や進行を少しでも遅らせることが重要。
漢字を覚えていても、使わなくなると漢字を想起する能力が鈍くなる。
例えば、新聞記事などを1日のうち5分でも10分でも書き写すことを続けてみてはいかがでしょうか」と葛谷准教授は推奨する。
手書きが脳に様々な刺激を与える、という研究結果をヒントに企画・刊行されたのが『なぞり書きで脳を活性化 画数が夥しい漢字121』 (大修館書店)。
「龍」という字を2つ並べる「龖 (トウ・ドウ・ソウ)」など32画の漢字から、「龍」の字4つで構成される64画の漢字「 (テツ・テチ)」まで収録。
画数の多い漢字をなぞって書ける形式のテキストだ。
編著を手がけた早稲田大・笹原宏之教授 (国語学) は長年漢字の研究に携わる。
「私が少年時代に漢字の世界にはまり込むきっかけになったのが、龍4つが合わさったこの漢字。
もともと画数の多い漢字が気になっていて、それらの来歴や用例を研究した成果も掲載しました」
同書を手に取った読者からは「脳の活性化のために、最初から最後まで何度でも繰り返し書きたい」などといった感想が寄せられているという。
笹原教授は「大学で教えていても、1週間のうち、私の講義でしか字を手書きしないと言う学生が多い。
3,000年間続いてきた漢字文化。
手書きすることで、漢字の面白さやその背景まで感じてもらえたらいいですね」と話している。