Wednesday, 24 July 2024

秋の記憶

 

三島由紀夫が割腹自決した1970年11月25日。底冷えする当日の朝、家の近くに立っていたスギの神木が倒れていた。忘れ得ぬ秋の記憶。三島が16歳で発表した小説『花ざかりの森』を読んでいた中学生の私は、その流麗な文体に感動していただけに、報道写真で彼の生首 (なまくび) を目にした時の衝撃は言葉にならなかった。魔的な死を選んだ “三島の謎” から50年。世間では、右翼思想と武士道への異常な傾倒を原点として三島の行動美学を分析しているけれど、そこが本質ではないような気がする。切腹そのものが目的だったと思う。(ここからは私の勝手な見解です) 言霊 (ことだま) の邪悪なパワーに縛られた不完全な人間は、例えば「醜い存在」というネガティブな契約を自分と交わしながら、どうにか社会と折り合いをつけ、規範を超えない善良な小市民に自らを育て上げる。一方で、森羅万象を言葉にしたい天才文士の深い欲望は、自分の流儀で死を獲得する瞬間に満たされ、完璧な表現者として軽々と社会を超えていく。冥界で『切腹』という小説を書いている三島の姿が目に浮かぶ。武士道に殉じたというより、文士道を極めた、ニーチェの言う「超人」。顕界 (げんかい) と魔界を遮断する神木が同じ日に倒壊したのも象徴的。妖気 (ようき) 漂う晩秋だった。 (SS)
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▽「あんたは、稲刈りの時に生まれたから、ほんとうに大変だったのよ」。毎年9月になると、母のこの言葉を思い出す。農家にとって、収穫作業がピークになる秋は、猫の手も借りたいほど忙しい。でも最近は、空から畑を監視するドローン、無人のトラクター、野菜収穫ロボット、乳牛を見守るAIシステム、アルバイトを雇うアプリなど、強力な助っ人が現れて、収穫の秋が激変しているそうだ。農業がビジネスになる時代が到来している!? 「あら〜、すごいね〜」と天国の母が拍手喝采して喜んでいる気がする。▽その昔、留学生として暮らしたワシントン州東部の街では、9月になると多くの農家が風の穏やかな日を選んで野焼きをする。秋枯れの原野に火を放つと、火は風をおこして一面に燃え広がる。黄金色に輝く小麦畑が、どこまでも続く丘陵地に忽然と現われる広大なキャンパスが懐かしい。▽「春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえて冷しかりけり」。四季を感じる日本人ならではの感性は素晴しい。でも、年中常秋のカリフォルニアに長く住んでいると、季節の移ろいを情緒的にとらえるDNAがまったく機能しなくなる。春と秋の区別もつかないようでは「はかなさ」や「無常観」の感性は育たない。ますます情緒レスになっていく自分が恐い。 (NS)
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2年半前に入居した家のバックヤードに大きく、美しく、元気な ficus(イチジク)の木が6本もあった! フェンス側に並べてあったため、お隣さんの2階のお家は完全にカバーされ、プライバシー抜群のバックヤードはまるで公園のような感じだった。とても良かったが、樹齢40年以上の ficus の根っこがあちこちに伸びて、落葉も半端じゃない! お隣さんのプールにいつも沢山の葉が入っていた。問題を完全に解決するため、結果的に去年の秋 (10月)、お隣さんと相談した上で、木を全部カットすることになった。4〜5人グループの業者さんに頼んで、まるまる2日間も掛かった大作業! 一番暑い2日間だったので、冷たい飲み物を1日中用意していた私もヘトヘト! 終了後、お隣さんの2階建てのお家が丸見え、公園のようなバックヤードの雰囲気がなくなり、結構ショックだった! でも、木が無くなったので、地面の雑草、葉の掃除が簡単にきれいに出来て、とても助かった! 去年の秋は「木の記憶」の秋だった。 (S.C.C.N.)
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yoko
秋の記憶といえば、やはり四季が分かりやすい日本で過ごした秋が思い浮かぶ。▷たとえば、秋の木々。真っ赤に染まった紅葉。黄色く色づいた扇のようなイチョウの葉っぱ。他にもオレンジ、黄色、赤色、緑色の落葉樹。きれいな色と形の落ち葉を拾い集めるのも楽しかった。子供の頃はどんぐりもよく拾っていた。拾ったどんぐりはコマにしたり、ままごとに使ったりしていた。▷それから、秋の食べ物の味覚と香り。◎幼い頃に母がフライパンで炒 (い) ってくれた栗。香ばしくて美味しかった。◎秋になると祖母から届いていた箱いっぱいの甘い柿 (たまに渋いのに当たる)。置きすぎると最後はべちゃっとゼリーみたいになったのを、母が好んで食べていた。◎リンゴを煮ているときのシナモンとお砂糖、バター、ブランデー少々の香り。家に常備されていたリンゴを煮てアップルパイを作ったら、母と妹に好評で、わが家の秋の恒例となった。◎夕食にしょっちゅう出てきたサンマの塩焼き。当時はうんざりしていたのに、今は無性に食べたくなる。 (YA)

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reiko-san
子供の頃、秋の森が好きだった。蒸し暑い夏と違って、蚊もいなくなり、涼しく過ごしやすい。そして、黄色やオレンジに色づいた木々の葉が美しい。アケビや栗など、食べられるものを探しに行くのも楽しみだった。森の中の広場で、自家菜園で採れたさつまいもを焼き芋にしたり、巨大鍋で豚汁を作ったりして、みんなでワイワイと食べたのも楽しい思い出。小さな苗木から見上げるような大木に育った銀杏の葉が、息をのむほど美しい黄色に輝くのも秋。鼻がもげそうな異臭を放つ銀杏の実を拾い集めたっけ。▽実家のある牛久 (茨城県) はサツマイモの産地。美味しい干し芋が出回るのも秋。子供の頃は食べ慣れたおやつでしかなかったけれど、アメリカに住むようになって、美味しい干し芋はそう簡単に手に入らない。実家の父が毎年、何袋もの干し芋をまとめて郵送してくれるのが楽しみの一つになっている。▽娘が生まれてから、アメリカの秋の行事が一気に身近になった。夫婦二人だけの時には行ってみようとも思わなかったパンプキンパッチ。お友達ファミリーと一緒にいろいろなパンプキンパッチに行ったのも、秋の楽しい思い出。子供がいると、ないことにできないハロウィン。仮装してトリックオアトリートに出かけた頃が懐かしい。 (RN)
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suzuko-san
食欲の秋、読書の秋、紅葉の秋・・秋の代名詞は多々あるが、私にとって、新潟県は津南 (つなん) の山奥、日本一の豪雪地帯と言われる秋山郷の紅葉が一番の秋の記憶である。そこの秋が強烈な記憶として私の脳裏に留まる半年ほど前、私は東京で異業種交流会の “ログハウスを建てる” という会に誘われて参加した。会員30人を募り、各人30万円の出資で、津南にログハウスを自らの手で建てよう、という大掛かりなプロジェクト。まず、秋山郷をその建設予定地に定め (土地は村から無償で借り受けた)、ログをカナダから輸入。基礎工事こそ業者に依頼したが、後は全て自分たちで組み立てる、という壮大な計画だった。メンバーは三菱自動車の社員を中心に職業は多々。7月後半より、東京から3時間半ほどの目的地に、私は皆の食事係として毎週末通うこと3か月。遂に我々のログハウスが完成。10月になると、山肌が徐々に色づいて毎週の変化が車窓から見て取れる。ログが完成する週、それはそれは人生初の見事な、見事な紅葉だった。完成祝賀会には関係者約80人を招いて、私が3日がかりで作ったインド料理を振る舞った。物音一つしない山奥の一軒家の静寂の中で一人寝泊まりして、一日中料理に明け暮れた3日間も特別な秋の記憶として残っている。 (Belle)
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jinnno-san
秋の印象は薄いけど、思い出した! 秋はめちゃ暑くもなく寒くもないから、キャンプ行ったわー! ジョシュアツリーでキャンプ場が満杯だったから、そのヘンの砂漠で野営したときのこと。周りはだっれもいない、ぽつんと我々のテントのみ。裸で歩こうが、トイレが土の上だろうが、お構いなし (笑)。朝になっても誰もいない。することもないし (笑) もう帰りましょう、ってことで、車を動かしたら、タイヤが砂にはまって動けなくなっちゃった。パリ・ダカ (パリ・ダカール・ラリー) 状態よ (笑)。AAAに電話したら、砂漠に通常の牽引車は来れない、と。絶体絶命〜。そこにいてもしょうがないし、助けを求められる人がいそうな方向へ果てしなく砂漠を歩き出した (ドラマみたい〜 笑)。でも、電波も弱く、Google Map もない。昼間の砂漠は暑い、日陰もない、歩いても誰もいない (涙)。もう、私たちダメなの? と思っていたら、車が来た! ヒッチハイクってもんじゃあないわよ! 両手を広げて立ちはだかり、車を停めた (笑)。かなり必死 (笑)。その人の車とロープで砂から車を引っ張り出してもらい、脱出成功! 達成感に満ちて、頭の中では「情熱大陸」のバイオリンの音が鳴りっ放し (笑)。秋の記憶=葉加瀬太郎さん、、 のグルグルパーマ (そこ?笑!)。(りさ子と彩雲と那月と満星が姪)
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今月末で上の息子は17歳になる。2003年、生まれたての赤ちゃんをどう扱っていいのか分からず、ナースに「家に帰りたくない!」と泣いて駄々をこね、保険がきくギリギリの時間まで病院にへばりつき、自分はとんでもないことをしてしまったと、本気で考えるほどに不安だった。旦那は翌日から仕事。家で赤ちゃんと二人きり。一日に何十回も、息をしているか確認のため、他のことが全く手につかない。赤ちゃんが泣けば私も一緒に泣き、限りなく精神的に不安定・・のところに、何と山火事が起きた! ミラメサに住んでいる私。お隣のスクリプスランチが燃えている! 太陽は煙のおかげで不気味な色になり、空は入道雲のような黒い煙がモクモク。外は灰が雪のように降っている。母性本能が働いた私。「この子を守らなければ・・」。避難するために荷物を詰め始めた。そんな私に、旦那は頭が狂った人を見るような視線を送る。そして、新生児1週間目の検診。「この子に灰の空気を吸わせてはいけない!」 と、病院の駐車場では車から建物まで猛ダッシュ! そんな私に医者は「こういう状況で、無理に連れて来なくても良かったんだけどね〜」と。私が狂人と化した、ひと秋の記憶。 (IE)

(2020年11月1日号に掲載)