2023年8月12日
「笑い」の芸は繊細だ。
どの地域で、どんな社会を背景に、誰が演じるのか。
少しでもズレが生じれば、途端にネタはスベる。
10年前に爆笑した漫才が、今再び見てみると全く笑えない場合も。
『スタンダップコメディ入門 「笑い」で読み解くアメリカ文化史』の著者 Saku Yanagawa 氏は、シカゴを拠点に活躍する日本人のスタンダップコメディアン。
日本では馴染 (なじ) みの薄い「スタンダップコメディ」とは何かという解説を軸に、その歴史や特色、現在の問題点を明示。
米国文化の複雑さ、奥深さを軽妙な筆致で伝える。
1人のパフォーマーが舞台に立ち、マイク1本で観客に語りかけて笑わせる。
そう定義されるスタンダップコメディは、時事問題を巧みにジョークにする手腕も求められる大人向けの芸という。
オチは「パンチ(殴る)」、ウケれば「キル(殺す)」。
物騒な業界用語だが、それほどに真剣勝負だという解釈もできる。
ジム・キャリーら多くの著名人が、その舞台から芸歴をスタート。
昨年のアカデミー賞授賞式で俳優ウィル・スミスに平手打ちされた司会のクリス・ロックも、その一人だ。
この騒動における日米の反応の違いに対する考察も読み応えがある。
アジア人というマイノリティーとして業界を生き抜く著者の解説は示唆に富む。
多様な人々が共生する米国では、その演者自身にしかない視点こそが笑いを生むようだ。
故に難しさもある。
近年、業界では差別発言をめぐる “炎上” が相次ぐ。
人種、政治、ジェンダー、ルッキズム、宗教…。
米国の現代社会を裂く幾重もの分断を、一本のマイクが炙り出していく。
米国のエンタメの源流には、19世紀に白人俳優が黒人の口調や動きを誇張して演じた「ミンストレル・ショー」があるという。
著者は「他者への擬態」を楽しむ構造が、呪縛のように業界へ影響してきたとも指摘する。
そもそも、私たちは何を「笑い」として消費しているのだろうか。
漫然と笑う姿勢に、国境を超えた良い「パンチ」を食らわせてくれる一冊と言える。
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* Saku Yanagawa:本名:柳川朔 (やながわ・さく)。1992年奈良県明日香村生まれ。米シカゴを拠点に活動するスタンダップコメディアン。これまで欧州、アフリカなど10か国以上で公演を行う。シアトルやボストン、ロサンゼルスのコメディ大会に出場し、日本人初の入賞を果たしたほか、全米でヘッドライナーとしてツアー公演。日本で最大規模のロックフェスティバル「フジロック」に出演したほか、2021年フォーブス・アジアの選ぶ「世界を変える30歳以下の30人」に選出。シカゴで初の国際コメディフェスティバル「ワールド・コメディ・エキスポ」の芸術監督を務めるほか、年間400本以上のステージに出演。大阪大学文学部、演劇学・音楽学専修卒業。(本著掲載の著者紹介欄より)
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*写真:『スタンダップコメディ入門「笑い」で読み解くアメリカ文化史』 (Saku Yanagawa 著/フィルムアート社/2,420円)
(2023年9月1日号掲載)