2022年5月1日
ロシアのウクライナ侵攻とそれに対する頑強な抵抗の底流には、1930年代に遡 (さかのぼ) る「歴史の怨念」がある。
ロシア、ウクライナ、さらに米国のそれぞれが抱く遺恨を、関連の書籍や映画から読み解くと、対立の「前史」が浮かび上がってくる。
4月に「2022年本屋大賞」に選ばれた逢坂冬馬 (あいさか・とうま) さんの小説『同志少女よ、敵を撃て』は、第2次大戦時の独ソ戦が舞台。
ソ連の少女が狙撃兵となって激戦に参加する物語だ。
その中で、当時ソ連領内だったウクライナ出身の兵士が主人公にこう語る。
「ウクライナがソヴィエト・ロシアにどんな扱いをされてきたか、知ってる? なんども飢饉に襲われたけれど、食糧を奪われ続け、何百万人も死んだ」
「ソ連にとってのウクライナってなに?略奪すべき農地よ」
これは1932~33年、ソ連当局による農業集団化や穀物徴発に伴う混乱の中で起きた大飢饉を指す。
餓死者は数百万人などと推計されている。
『同志少女よ、敵を撃て』はフィクションだが、逢坂さんは時代考証を重ね、歴史的事実を織り込んだ。
史実に基づいた本『悲しみの収穫』 (ロバート・コンクエスト著) や映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』は、雑草や長靴の革まで口にしたり、道端に餓死者が倒れていたりといった凄惨な様子を描写した。
1991年に独立宣言をしたウクライナでは、2006年に最高会議 (一院制議会) が「ウクライナ人民に対する大虐殺」だったとする法案を採択。
旧ソ連や継承国ロシアへの不信感、反発は深く根付いている。
一方、ロシアのプーチン大統領の歴史に対するこだわりも強い。
昨年発表した論文でロシアとウクライナの「歴史的一体性」を主張した。
米欧への不満も募らせていた。
米国の映画監督オリバー・ストーン氏との対談を収めた書籍では「アメリカの外交政策の基本は、ウクライナがロシアと協力するのを何としても阻止することだと私は確信している」と不信感を表明。
「西側のジャーナリストの方々は非常に有能だからね。
視聴者や読者に黒を白だと (中略) 信じ込ませる能力がある」「ロシアが主張する立場は世界のメディアから無視される」と嘆いてみせた。
1997~2001年に米国の国務長官を務め、今年3月に死去したマデレーン・オルブライト氏は、プーチン氏について著書でこう記していた。
「真顔で見えすいたウソをつき、みずから侵略の罪を犯したときにも、被害者の側に責任があると言い張る」。
他方で「国民が聞きたい話をする能力に秀でている」とも評した。
バイデン大統領も自著で、副大統領在任中に会談した際の印象として「ほぼすべての点において、我々の信頼に値しない指導者であることを自ら証明しているように思えた」と強調。
当時のウクライナ情勢をめぐって、プーチン氏が約束した措置を履行しないことへの苛 (いら) 立ちを書き留めている。
* * * * *
◆『同志少女よ、敵を撃て』は全国の書店員が最も売りたい本に贈る「2022年本屋大賞」の受賞作。
第2次大戦時の独ソ戦が舞台。モスクワ郊外の故郷の村をドイツ軍に襲撃され、母を惨殺された少女がソ連軍の狙撃兵になる物語。
女性だけの小隊の一員として、理不尽な戦争を生き抜く姿を綴った。本屋大賞発表会で登壇した逢坂さんは、ロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにし「悲嘆に暮れた」と心情を吐露。
反戦運動に関わって拘束されたロシア市民らへの支持を表明し「主人公が今のロシアを見たら、悲しみはしても絶望はせず、街に出て必要とされることをすると思う。
私も絶望するのではなく戦争に反対し、平和構築の努力をします」と語った。
逢坂さんは1985年埼玉県生まれ。2021年にアガサ・クリスティー賞を受けた同作品で単行本デビュー、直木賞候補にもなった。
*写真は『同志少女よ、敵を撃て』( 逢坂冬馬・著) / 早川書房刊
(2022年5月16日号掲載)