6/1/2024
「間違いだと気付いたときには手遅れで、軌道修正は困難だと思う」「ソーシャルメディアの登場が影響しているのではないか」。
2月下旬、イリノイ州の名門シカゴ大の教室で16人の学生が激論を交わしていた。
テーマは米社会にはびこる陰謀論だ。
「陰謀論の問題は信奉者が他の人々と理解し合えなくなることだ」。
講義を担当する政治学者ウィンストン・バーグ (32) が語りかける。
陰謀論の危険性を一方的に指摘して排除するのではなく、信じて疑わない人々とどう向き合うか。
2か月余りの講義で学生たちは模索し続けた。
▽闇の政府
「2021年の米連邦議会襲撃は連邦捜査局 (FBI) が仕組んだ」「人気歌手のテイラー・スウィフトはバイデン民主党政権の手先だ」――。
各世論調査によると、米国ではこうした根拠のない主張を共和党員の約3割が信じている。
根底にあるのは、首都ワシントンに巣くう一部エリート層が「ディープステート (闇の政府/Deep State) 」をつくり、秘密裏に権力を握って米国を操っているとの論理だ。
今年11月の大統領選で共和党候補指名獲得を確定させた前大統領ドナルド・トランプはこれを徹底的に利用、拡散してきた。
既存政治打破を掲げ、自身を批判する民主党を中心とした敵対勢力にディープステートのレッテルを貼って攻撃。
既得権益と戦う姿勢を演出することで求心力を高めた。
2020年大統領選に敗れたトランプが選挙は不正だったと主張すると、陰謀論勢力「Qアノン/QAnon」が共鳴。
選挙結果を覆そうと議会襲撃に加わった者もおり、民主主義の根幹を揺るがす事態となった。
「ディープステートを解体し、政府を取り戻す」
トランプは2022年11月の大統領選再出馬表明でも宣言した。
今回の選挙戦も陰謀論は止みそうにない。
▽分断
陰謀論自体はこれまでも米社会に存在し、多数の書籍が出版されてきたが、飽くまでも意識流の存在だった。
それがトランプの台頭により「米政治を理解する鍵となった」と、カリフォルニア大デービス校教授キャスリン・オルムステッドは指摘する。
深まる社会の分断の遠因を探ろうと、多くの大学でも講義に取り上げられている。
「バカげていると相手にしていなかったけど、真実と思わせる内容が含まれているかもしれないと思うようになった」。
シカゴ大4年のイザベラ・デバイン (22) は、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件 (1963年) や米中枢同時テロ (2001年) にまつわる陰謀論者の著作を講義で調べるうちに、なぜ人々が信奉するようになるのか考えさせられたという。
「相手が間違っていると強調するだけでは意味がない」。
バーグが学生たちに繰り返し伝えている言葉だ。
「米国が人種や宗教の違いを乗り越えてきたように、陰謀論が生み出した分断の架け橋を見出したい」
(文中敬称略)
「闇の政府」と「Qアノン」の概要
▪︎ 闇の政府 (Deep State):米国において正式な政府機関とは別に存在するとされる、非公式かつ秘密のネットワークを意味する。
この説は、一部の政治家や軍部、企業などが国家の公式な政策や選挙結果に影響を与える裏の力を持っているとする陰謀論に基づくもの。
通常、主流メディアや学術界ではこれを支持する具体的な証拠は提供されていないが、一部の人々の間では信じられている。
▪︎ Qアノン (Q-Anon):闇の政府に関連する陰謀論を信じる運動であり、2017年にオンライン上で突如現れた。
この運動は「Q」と名乗る匿名の個人が掲示板に投稿したメッセージに由来している。
Qは自らを米政府内の高官に匹敵する情報通であると主張した上で、トランプが国内外の敵対勢力と戦いを繰り広げている内容が展開された。
Qアノン支持者は、トランプが深層国家 (闇の政府) と呼ばれる秘密組織に対抗する英雄と信じており、彼の政策や行動を盲目的に支持することが多い。
これらの陰謀論は、特に情報が錯綜する現代社会において、事実と虚構の区別がつきにくい状況を作り出し、社会的な分裂を助長する要因となっている。
信じる者にとっては、これらの理論は社会や政治の裏に潜む真実を暴くものとされるが、批判的な観点からは根拠の乏しい陰謀論と評されるのが一般的だ。
(文中敬称略)
(2024年6月16日号に掲載)