2023年11月7日
パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスと戦闘を続けるイスラエルが、戦費増大や金融不安への対応を迫られている。
世界に散らばるユダヤ人向けに臨時債券を発行し、史上初の為替介入も断行した。
だが、過去最多となる予備役36万人の動員に伴う労働力不足が顕在化。
経済成長予測は下方修正を余儀なくされ、戦闘長期化に暗雲が広がる。
▽人手不足
イスラエル経済を牽引 (けんいん) してきたハイテク企業が集まる中部の商都テルアビブ。
近代的な高層ビルが立ち並ぶ中心部にも、ハマスに拘束される人質に関するポスターが目につく。
時折、迎撃システムがハマスのロケット弾を撃ち落としたとみられる爆発音が響き渡る。
IT企業経営ラアナン・ユゲブさん (43) は、予備役招集で従業員が減少し「(残った) 他の人が多く負担するなどして助け合っている」と説明する。
飲食店マネジャーのサン・クライングさん (25) は「人材確保が大きな問題」と語った。
イスラエル・イノベーション庁によると、10月23日までに調査に応じたハイテク企業約500社の7割が業務に支障が出たと回答。
ロイター通信によると従業員の10~15%が招集されたとみられ、同庁幹部は「危機的状況だ」と頭を抱える。
▽祖国に支援を
「最悪の事態に陥った祖国を支えよう」。
イスラエル債券の販売を手がけるイスラエル開発公社は10月10日、主に国外に住むユダヤ人を対象に「ディアスポラ債 (Diaspora Bonds) = 離散債」の販売を始めた。
ユダヤ人が多く住む米国を中心に購入希望が殺到し、ロイターによると数日で約2億ドル (約300億円) を調達した。
為替市場でも非常手段に出た。
イスラエル中央銀行は、9月末時点の外貨準備高の15%に当たる最大300億ドル (約4兆5,300億円) を投入する為替介入に動き、急落した通貨シェケル (Israeli shekel) の買い支えを図った。
▽経済減速
だが、変動相場制採用以降初となる介入でも市場の動揺は解消できず、一時は2015年以来の安値となる1ドル=約4シェケルまで下落した。
イスラエル中銀は10月下旬、民間の消費後退などを理由に、当初3%としていた2023年の国内総生産 (GDP) 成長見通しを2.3%に引き下げた。
イスラエルの大手経済紙カルカリスト (Calcalist) によると、財務省は戦闘が8か月から1年続く場合、戦費は2,000億シェケル (約7兆7,000億円) に上ると試算した。
GDPの10%に相当する巨費だが、レバノンの民兵組織ヒズボラなどとは交戦せず、戦闘がガザに限定されるとの前提で、同紙は楽観的な見積もりだと評する。
年末に迫る任期を延長したイスラエル中銀のアミール・ヤロン総裁は記者会見で、経済は安定していると強調しつつ「状況は不確実性に満ちている」と危機感を露 (あら) わにした。
ハマス包囲の効果は未知数、市街戦で被害拡大必至
*立山良司 (たてやま・りょうじ)・防衛大名誉教授 (中東現代政治) の話:
イスラエル軍はついにパレスチナ自治区ガザ北部のガザ市街地に侵攻した。南北から徐々に包囲網を狭め、イスラム組織ハマスの戦闘員を炙 (あぶ) り出す作戦とみられる。しかし、市街地の地下にクモの巣状に張り巡らせたトンネルを通ってハマスが包囲を突破する可能性があり、どこまで有効な手段かは未知数だ。
現在は、ハマス壊滅を目指すイスラエルが宣言した「新たな段階」のまだ導入に過ぎない。ハマスはトンネルや密集する建物を使って奇襲攻撃を繰り返すだろう。捨て身の敵に対し、自国兵士の安全を優先しなければならない正規軍が苦戦を強いられるのは、米軍がイラクやアフガニスタンで実施した「対テロ作戦」の泥沼化が証明している。市街戦が本格化すればイスラエル軍の犠牲の拡大も避けられないだろう。ハマス壊滅は、これまで両者が何度も衝突を繰り返す中で組織が生きながらえてきた歴史を踏まえると不可能だ。
イスラエルは10月7日の奇襲に関与したとみられるガザ地区責任者のヤヒヤ・シンワール氏、軍事部門トップのムハンマド・デイフ氏をはじめ、ハマス幹部の殺害を成果として国内に示し、エジプトやカタールの仲介で停戦に持ち込みたいのが本音だろう。しかし、その目標を達成するまでにガザ地区でどれだけの死者が出るか、考えるだけで悲惨な思いになる。
イスラエル、そして後ろ支えになっている米国に対する国際社会の非難がさらに高まるのは必至だ。
(2023年11月16日号掲載)