永野 文久
米国公認会計士 昭和17 年生まれ。 昭和41 年東京大学卒。同年三和銀行入社。
ご質問、ご連絡はこちらまで昭和58 年米国公認会計士。 |
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オバマケアと駐在員 |
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2014年は本格的にオバマケアの施行年になる。 国民皆保険となるオバマケアにおいては、無保険者にペナルティが科せられることとなっている。 これには多くの駐在員が影響を受ける恐れがあることを踏まえ、当事務所から在米日本大使館等にも情報を提供し、善処を依頼してきた。 その結果、昨年12月27日に日本大使館は以下のような現況の説明をウェブサイトに掲載している。 今月号では、このポスティングに関する解説とその対策について概説したい。
① 在米日本大使館 2013年12月27日 ポスティング -引用- 米国医療制度改革法の在留邦人への適用について。 在留邦人の皆様へ 平成26 (2014) 年1月1日をもって医療制度改革法 (Affordable Care Act) が本格施行され、これにより、米国に在住する個人は、通常、同法の定める基準を満たした医療保険に加入する、あるいは罰金税を支払うことが求められることとなります。 これらの規定の外国人への適用 (日本の公的医療保険に加入している在留邦人の扱いを含む) について、これまで米国政府に照会してきておりますが、米国在住外国人への適用関係については「検討中」とされ、現時点では明確な説明を得られておりません。 本件については、引き続き米国政府への照会を鋭意実施し、結果・状況につき、当館ホームページ、メールマガジン等を通じて随時お知らせして参ります。 -引用終わり-
第1段落 「米国に在住する個人は、通常、同法の定める基準を満たした医療保険に加入する、あるいは罰金税を支払うことが求められることとなります」 米国に在住する個人 この個人には、アメリカ市民、永住権者のみならず、居住者も含まれる。この場合の居住者の概念は税務上の居住者の概念であるとされる。IRSによる解説原文では次のように書かれている。 “---all foreign nationals who are in the United States long enough during a calendar year to qualify as resident aliens for tax purposes.” http://goo.gl/VySzXP
よってSubstantial Presence Test (いわゆる183日ルール) が適用されることになる。 具体的には、暦年中に31日以上アメリカに滞在し、あるいは以下によって算出される日数が183日以上である場合にアメリカ居住者とされる。 (当年の滞在日数+前年の滞在日数×1/3+前々年度の滞在日数×1/6) 同法の定める基準を満たした医療保険 オバマケアにおいては Minimum Essential Coverageという概念が導入され、それに適合した医療保険に加入することが求められている。 形式的には内国歳入法 (IRC) §5000A(f)(1)において列挙されている保険となり、次のようなものが挙げられている。 • 政府管掌保険として Medicare、Medicaid、Children's Health Insurance Program (CHIP)等 • 民間保険として雇用者の提供する一定の要件を満たした保険や Exchange で個人が購入した保険等
実質的な内容としては以下のようなことが求められている。 • 保険料設定の公平性 • 対象者の加入および更新の保障 • 既往症による差別の禁止 • 健康状態による保険内容の差別の禁止 • 一部の医療機関を差別的に扱うことの禁止 • 入院、救急処置、投薬等に対応できる包括性 • 加入までに90日を超える待機期間を設けることの禁止 • 保険内容、保険料等の適切な情報開示 • 保険支払の年額、生涯額の設定禁止 • 解約の原則禁止 • 予防医療の提供等
罰金税 正式にはIRC Subtitle Dに規定されている Excise Tax (一定の活動に対する賦課金) の一つで Shared Responsibility Paymentと命名されている。 11月号でも紹介した通り、オバマケアに適合した保険に加入していない場合は原則として、2014年は95ドルか世帯所得の1%のどちらか大きい方、2015年は325ドルか世帯所得の2%、その後は695ドルか世帯所得の2.5%のどちらか大きい方がペナルティとして科せられる。 そして2014年についてペナルティを避けるためには、2014年3月31日までに Exchange を通して適格医療保険に加入する等が必要となる。
第2段落 「これらの規定の外国人への適用 (日本の公的医療保険に加入している在留邦人の扱いを含む) について、これまで米国政府に照会してきておりますが、米国在住外国人への適用関係については 「検討中」とされています」 外国人への適用 これについては、上記の居住者に当てはまる場合は原則適用になる。 日本の公的医療保険に加入している在留邦人 この部分が、いわゆる駐在員の方々を指している。 アメリカにおいて上記の医療保険に加入せず、日本の社会保険と駐在員保険でアメリカに駐在されている方については、日本の「協会けんぽ」なり「組合健保」 または購入した駐在員保険がオバマケアでいう保険に該当するか否かが、上述のペナルティを科せられるかどうかを左右することになる。 米国政府 アメリカ政府の基本的なスタンスは、2013年7月1日に保健社会福祉省 (Department of Health and Human Services) が出した Rule に示されている。 要約すると、外国政府や民間会社がその国の国民に対して提供する保険については、保障内容が異なり、一様に Minimum Essential Coverage とすることはできない。 しかし、保険の提供者は申請をして Minimum Essential Coverage であると認定してもらうことができるといったものである。
保健社会福祉大臣は、上記の実質的な要件のほとんど (substantially all) を満たしているかどうかを判断して認定する。 具体的には the Health Insurance Oversight System (HIOS) を通して、保険内容に関する資料を提出し判断を仰ぐことになるようである。
米国在住外国人への 適用関係については「検討中」 上記のように、保健社会福祉省の説明を見る限り、日本の保険提供者が認定申請をするという道しか残されていないように見える。 但し、日米間には社会保障協定があり、公的年金および医療保険については相互に加入を免除している。 この面を捉えて政府間で交渉して決着を図るというルートも想定されているのかもしれない。
③ 対策 以上の状況を踏まえた対応策は以下のようなものになろう。 1)日本で加入している公的保険、駐在員保険が Minimum Essential Coverage であるとされるかどうか見極める。駐在員保険については、当事務所が聴取した限りでは保健社会福祉省の認定を申請するような動きはないようである。公的保険については、在米日本大使館からの続報を待つことになる。 2)具体的な対応策として、個人として Exchange で保険を購入することも可能である。但し、2014年度の加入申込期間は2014年3月31日までであり、その後は原則として2014年度には加入できなくなる。また、加入したとしても安価な保険でも単身者で150ドル/月ほど掛かると思われる。 3)勤務先が駐在員以外の従業員に雇用者としてアメリカ民間保険を提供している場合は、それに加入するという選択肢もあり得る。IRS等の説明では、1年間のうち空白期間が3か月未満の場合はペナルティの対象とならないとなっているため、3月31日 (※) までの加入が期限になると思われる。 なお、空白期間が3か月未満でない場合でも、その後加入した時にはペナルティは月割りとなる。 ※1月1日からいつまでが3か月未満かについて、アメリカの政府機関 (保健社会福祉省の運営する healthcare.gov や IRS) に確認を求めたところ、4月1日までの加入でもよいとの回答をするところもあり、混乱気味である。 4)金額のシミュレーションをした上であえてペナルティを支払う。初年度は世帯所得の1%ということなので、これも選択肢に入るかもしれない。 ただ、無駄にペナルティを支払うより、Exchange または勤務先の保険に加入し、駐在員保険を解約するか、保障内容を縮小させるという戦略の方が、全体として安価でバランスの取れたものになる可能性がある。 上記のように、是正措置を取り得る期限は原則として本年3月31日までであり、日本の公的保険ではペナルティを免れることができない場合にも備えておいた方が賢明である。 期限までに政府間交渉で何らかの有効な取り決めが行われ、杞憂 (きゆう) に終わることを期待するが、アメリカの「検討中」は日本で想定するより時間が掛かりがちである。いずれにせよ、今後の在米日本大使館のポスティングを注視したい。 |
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*注意:本稿はオバマケアのペナルティの外国人への適用の概要を紹介するものであり、個別事例の判断には利用しないでいただきたい。具体的な事例に関しては、必ず専門家にアドバイスを仰ぐよう申し添えます。 | ||
(2014年2月1日号掲載) |